1:2015/05/06(水) 23:57:57.78 ID:
d0a75eb9.jpg
▲現存する最古の木造建物である浮石寺無量寿殿が日帝時の不良修復で疲弊している。

国宝第18号、栄州浮石寺(プソクサ)無量寿殿は韓国美を代表する文化財として絶賛されている。676年、新羅イサン大師が創建し高麗中期に再建されて以来、今まで原形をよく維持して我が国で最も美しくて最も古い木造建築物として広く知られてきた。

しかし、こういう一般的認識と異なり実際の無量寿殿は日帝強制支配期に解体補修工事を通じて再建された建物だ。ところがこの過程で日帝がボルトやナット、ワイヤなど多量の金物を使って内部木材を固定した衝撃的な事実が文化財庁の調査で初めて明らかになり注目される。

修理のために建物を崩したが構造的不安定性問題を解決する自信がなかったと解釈される。また、5日、文化財庁によれば壁体部分で膨らみ現象が発見され構造安全診断を実施した結果、物理的破損が深刻な水準であることが分かった。

外部壁体は最大40.9ミリ内側で入り、内部壁体は最大32ミリ飛び出していることが明らかになった。2012年から3年かけた膨らみの進行性調査では毎年1ミリずつ増加していると調査された。

文化財庁関係者は「壁体の中に設置された5個の部材が曲がって膨らみができたと推定する」と話した。このように壁体が変形し亀裂も継続的に発生していることが今回の診断で確認された。日帝強制支配期の工事は全面解体補修レベルだった。

文化財庁は日帝強制支配期の文化財研究者であった杉山信三(1906~1997)が出した'韓国古建築の保存 : 浮石寺・成仏寺修理工事報告'を分析して1916年9月21日から1919年4月20日まで2年7カ月間、完全解体修理がなされた事を把握した。

朝鮮総督府は2万3500円の予算を投入し、礎石24個中5個と相当数の木材・瓦を交替し壁を全部彩色した。日帝が解体補修しながら垂木と隅木、柱などの木材を固定させるために設置した印章ボルトと連結ワイヤなど多量の金物も建物から見つかった。

文化財庁は初めからこういう種類の印章装置はなかったが、日帝が無理に建物を新しく建てながら木造建物の安全性のために金物を利用したと判断している。しかし、残念なことに1916年解体修理前の無量寿殿状態が分かる資料は残っていない。

日帝は1910年代中盤の朝鮮併合後、大々的に朝鮮文化財を補修したがこの時、無量寿殿も含まれたと見られる。同様に日帝が同時期、弥勒寺(ミルクサ)跡石塔を修理し185トンに達するコンクリートを打設し長い間物議をかもしたこともある。

文化財庁は壁体破損が発見されたことによって緊急補修を実施することにした。亀裂の部分は軟質の土で補強し壁体変位部位にはパネルや角材などの補強構造物を設置することにした。しかし、文化財庁はこのような臨時補強では根本的な対策にならないと見て数年内に全面解体修理が避けられないと予想する。

文化財庁関係者は「無量寿殿はわずか100年前の構造物である上、手抜き工事されたことが判
明しただけに、これに対する歴史的価値を新たに検討する必要がある」として
「直ちに1~2年内ではなくても遠くない将来に社会的合意を通じて完全に崩して作らなければならないだろう」と強調した。

[ペ・ハンチョル記者]

ソース:毎日経済(韓国語) 危険な無量寿殿…日帝時不良保守
http://news.mk.co.kr/newsRead.php?no=431924&year=2015