1:2015/04/04(土) 01:04:26.50 ID:
▲イ・ソンミン世論読者部長

「日本近代化の父'福沢諭吉は1885年3月、自身が発行する時事新報に後日'脱亜論'と呼ばれる論説を発表した。「我が国は隣国の開明を待って共にアジアを興す余裕はない。むしろその仲間を脱して西洋の文明国と進退を共にし、その支那朝鮮に接する方法も隣国だからと特別の付き合いをする必要はない。我は心においてアジア東方の悪友を謝絶するものなり。」

金玉均(キム・オクキュン)、朴泳孝(パク・ヨンヒョ)、兪吉濬(ユ・キルジュン)など朝鮮開明派を支援した福沢は朝鮮の開明を急進的に試みた甲申政変(1884年10月)が失敗した後、この文を書きながら自分の心から朝鮮を消した。彼の晩年に刊行された回顧録には朝鮮開明派との交流事実が入っていない。彼の故郷、中津に建設された福沢記念館にも朝鮮開明派に対する言及はない。

'アジアの悪友'を辞退しようとする動きは福沢の指摘により後えいらによって深く体系的に進められた。日本学者らは日本が封建社会を経て西洋と似た発展過程を歩んだのと違い中国と韓国は永く停滞したと主張し、その差を強調した。日本が英国・ドイツなどをモデルとして急速に西欧化を進める中、日本人の心は中国と朝鮮からより遠ざかった。20世紀前半、日本帝国主義の韓国と中国侵略過程で多くの被害が発生したが、どうしようもなかった事に置き換えられた。

日本は今でも前世紀に自国が韓国と中国に及ぼした破壊的結果に関しほとんど言及しない。東京の靖国神社を訪問した時、衝撃的だったことは付設軍事博物館・遊就館で軍国主義を美化する映像を公開しながら、最も大きな被害者であった韓国と中国について全く配慮がない点だった。

日本帝国海軍のゆりかごだった江田島の海軍博物館と隣接都市、呉(クレ)の大和博物館を訪問した時も同じだった。清日戦争、露日戦争、中日戦争、太平洋戦争など東アジアを荒地にした戦争について、その不可避性と日本海軍の武功を誇るだけで隣接国に及ぼした被害には何の認識もなかった。

しかし、もはや東アジアは福沢が'脱亜論'を発表した時代と大きく変わった。韓国と中国は日本に劣らない'開明'を成し遂げた。日本と共にアジアを繁栄させるに足る十分な力量を持っている。福沢もまた生き返ったらおそらく'脱亜論'を撤回するだろう。それでも日本は相変らず韓国を'悪い友人'と考えるように行動する。

安倍総理は以前、「韓国は重要な隣国だが隣だから多様な問題を抱えている」と話した。だが、韓・日親善と東アジアの繁栄を望む人々は日本が韓国を'重要な隣国'を越えて'良き友人'と考えることを願う。

文芸春秋編集長出身の歴史著述家、半藤一利は「日本人は、かつて朝鮮人や中国人に与えた痛みをあまり感じていないようですが、人間は歴史を背負って生きていく。自然なつき合いのためにも、知っておくべきことはあります。」と言った。

安倍総理と日本国民はこの思慮深い知識人の声に耳を傾けて欲しい。

ソース:朝鮮日報(韓国語) [太平路]日本は韓国をまだ'悪友'と考えるのか
http://news.chosun.com/site/data/html_dir/2015/04/02/2015040204144.html