民族衣装 正月 韓国 
(イメージです。)


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:2015/02/18(水) 19:06:00.35 ID:
陰暦1月1日が公式正月の地位を回復して今年で30年目をむかえた。乙未改革の際、陽暦1月1日を公式正月に制定して以来、日帝の抑圧などの理由で各種苦難の後、1985年、政府が国民の要求を受け入れて旧暦正月を公式正月に戻した。

行政自治部国家記録院は去る1985年、陰暦正月を公休日に指定してから30年をむかえ、‘今月の記録’の主題を‘民族の大名節、正月の風景’に決め、17日から関連記録物をホームページ(www.archives.go.kr)に掲示すると16日明らかにした。

国家記録院によれば多くの人々が旧暦正月に帰省・帰京戦争を体験し、空港が人波で込み合う風景を今一度作るようになったのは30年前に過ぎない。当初、朝鮮では旧暦正月を祝ったが、1896年、乙未改革で陽暦1月1日が公式正月になった。その後、日本帝国主義は朝鮮の国権を奪った後、旧暦正月を祝うことを徹底的に弾圧した。民族感情を抹殺するためであった。

これは旧暦正月に各官庁や学校で早退を禁止したり、この日に白い服を着て新年の挨拶に向かう彼らに対し黒い水が入った水鉄砲を撃つ幼稚な方法まで動員して迫害した。その後、光復(解放)をむかえたが、陽暦と陰暦で二回の正月を送らないようにする、いわゆる‘二重過歳防止’名目で陰暦正月‘迫害’は継続した。

1980年代初期まで全公職者は旧暦正月を祝わないようにするなど旧暦正月抑制政策を政府が強力に推進したが、多くの国民は相変わらず旧暦正月を伝統の名節と認識していた。このような国民感情に政府は結局、1985年、旧暦正月当日を‘民俗の日’という名称で公休日指定することになった。

4年後の1989年には旧暦正月が‘正月’という名前を回復して、公休日も三日に拡大した。旧暦正月復元30周年をむかえ国家記録院は関連動画8件、写真24件、文書8件などを公開し「正月の意味を再確認して家族の大切さを感じられる契機になるよう期待する」と明らかにした

ソース:ソウル経済(韓国語) <正月の歴史>日帝時は白い服着て新年挨拶通えば黒い水鉄砲
http://economy.hankooki.com/lpage/society/201502/e20150216171614117920.htm