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1LingLing ★2022/06/18(土)00:35:07.84ID:CAP_USER.net[1/2]
全世界が認定した稲作の起源地…大豆栽培はもっと早かった
18)稲作の起源は韓半島だ

-1987~1990年国内発見炭化米・種籾
-それぞれBC2千100年・BC2千300年頃と推定
-”稲作、4千年前のガンジス川流域で…”
-既存仮説を覆した歴史的事実を発見した事情
-国際考古学界、概論書に釘をさす

◇稲栽培の起源が変わる

農耕社会の始まりを推察できる考古学的事実としては、BC1万2千年イスラエル北部ハイファ(Haifa)、カメル山脈(CarmelMountains)、ラケフェット洞窟(Rakefet Cave)、新石器時代の住居地から石臼(stonemortars)3つを発掘した。これを推測してみると、穀物を精米して、さらに麦酒を醸造したことまで推測することができた。

BC950年前、レバント(Levant)地域で一人の女性が居住地の端で採取した穀物の種を撒いて初めて栽培した。テル・アブ・フレヤ(Tell AbuHureyra)の人類最初の居住地に、彗星の空中爆発で1万2800年前に破壊されたという痕跡が発見された。これがまさに、狩猟採取から農耕社会に転換したという考古学的痕跡だった(AbuHureyra one of the most important sites in the study of the originsof agriculture)。

稲作に対する起源説は、今から6500年前に遡る。今日、稲の栽培は4千~5千年前にインドのガンジス(Ganges)川流域、北部ミャンマー、タイ、ラオスまたは中国南部地域から始まった。韓半島には、以降にクリル海流(KurileCurrent、親潮海流)に乗って移住してきた東南アジア人による伝播説があった。もう一つは、中国から稲作技術が流入したもので、農学者と歴史学者の一致した見解は、東南アジア人移住説だった。陸稲農事(dry-landcultivation)は我が国でBC3千500年頃に栽培されて、日本にはBC1千200年頃に、水田農事はBC300年頃弥生時代に伝えられた。

中東や地中海地方でもBC800年頃、スペインにはムーア人(Moors)がAD700年占領時に稲の栽培技術を持ってきた。アフリカの栽培種は3500年間耕作されてきた。これと並べて、BC1千500年にナイザー川三角州(Niger-RiverDelta)からセネガルに伝播、AD7世紀と11世紀にアフリカ東部海岸でも耕作された。中国から稲栽培はBC11世紀前後、中国南部に広がったという学説が定説だった。

近頃、上記のような学説は完全に崩れた。およそ9千年前、中国とインドの野生稲の近接関係性がコンピューターアルゴリズム「分子時計」技法で明らかになった。同じく、1990年7月京畿道金浦郡(キンポグン)通津面(トンジンミョン)の炭化米では、BC2千100年頃、1987年京畿道高陽郡(コヤングン)イルサン邑(カワリ)新石器土層から出土した12粒の種もみを、米国ベータ研究所で放射性炭素年度測定した結果、5020年前(5千20b.p.)と測定結果が出て、BC2千300年頃と推定された。1994年忠清北道玉山面(オクサンミョン)小路里(ソロリ)旧石器遺跡では、放射線炭素年代測定で1万3千~1万6千年前(1万3千~1万6千b.p.)と推定される種籾11粒が出土した。

これによって、2016年、国際考古学界で稲作の起源地(国)は韓国と確定した。世界的考古学教科書として使用する『考古学概論書(Archaeology:theories,methodsandpractice)』では、1万3千年前まで遡及して、稲作が韓半島から起源された事実に釘を刺している。我が国は稲作の誇りを生かして、1972年韓国銀行で50ウォン玉に稲穂を図案、「稲作の起源地(Originof RiceFarming)」が韓国であることを記念した。

◇大豆栽培の起源地も韓半島(豆満江流域)だ

(つづく)


著=クォン・テクソン<コリア未来研究所主席研究員>

ソース 大邱新聞
https://www.idaegu.co.kr/news/articleView.html?idxno=385511


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https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/news4plus/1534059785/