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1Ikh ★2022/05/30(月)15:45:13.80ID:CAP_USER.net
 問題にされたのは、韓国の名門・延世大学の講義中の発言だった。2019年9月、「発展社会学」の授業で、慰安婦に触れた部分が名誉毀損だとして刑事告発されたのだ。「学問の自由」がもっとも尊重されるべき場所で起きた、あまりに異常な「魔女狩り」の全顛末。

 * * *

 2019年9月17日、定年を1年残した筆者は延世大学の講義室で受講生たちと熱い討論を行っていた。この講義は「韓国が発展した」と認めるのなら、その理由が何なのかを突き止めようとする「発展社会学」の授業だ。この10年間、筆者は同じやり方で講義を行ってきた。

 この日もいつものように、講義の始まりには「韓国の発展における日本の植民地時期の役割をどう評価すべきか」というテーマを取り上げた。植民地時代に「収奪」の面だけから接近すれば、建国後にたどった韓国の飛躍的な発展過程を完全には理解しがたい、という筆者の見解を先に伝えた。

躍起になって反発する学生たち

 筆者の問題提起を学生が受け入れるためには、以下のいくつかの質問を続けなければならない。

「1961年の5・16(軍事クーデター)以降の高度経済成長は、ひとえに朴正煕政権だったからこそ可能なことだったのか」

 この質問に対して、学生の大半は「いいえ」と反応する。続いて、学生たちはただ「国民が一緒に熱心に努力したためだ」と原則論的な回答をする。

 筆者の質問は続く。

「国民が一生懸命働かなかった時期がありましたか?」

「北朝鮮が貧しいのは、北朝鮮住民が一生懸命働かないからですか?」

「後進国の国民は懸命に努力しないから、後進国になったのですか?」

 といった質問にくると、学生たちの抵抗がかなり和らぐ。質問を続ける。

「それなら、朴正煕政権の前段階である李承晩政権が韓国の発展に寄与した側面はないでしょうか?」

 すると、再び学生たちは躍起になって反発する。「親日派が建てた国だ」、「韓国戦争がすべてを破壊した」、「戦後は援助経済がすべてだった」、「不正腐敗がまん延した」などの理由を挙げて「絶対違う」と言う。

当惑する学生たち

 ここで、李承晩政府の役割についての議論にすぐに乗り出さないことが重要だ。まだ学生たちに心の準備ができていないからだ。代わりに次の質問に移る。

「では、皆さんは朴正煕も認めず、李承晩でもないというなら、結局、その前の段階である日本の植民地支配の時期に発展の種がまかれたと思うのですか?」

 と問うと、学生の大半は「当惑」という反応一色になる。しかし筆者は質問を続ける。

「発展が天から落ちてきたのでなければ、発展の歴史的ルーツがなければならないのに、朴正煕でもなく李承晩でもないというなら、植民地支配の時期にならざるを得ないのではないでしょうか」

「まさか皆さんは、国を(日本に)渡した旧韓末(大韓帝国期=1897~1910)が韓国発展の起源だと思いますか?」

「旧韓末から35年間の植民地支配で搾取され、米軍政時代の3年間を経て、李承晩政権の12年の成果も否定するのなら、朴正煕政権の16年間に突然発展が実現したと言いたいのですか?」

「あれもこれも違うのならば、韓国の発展は根も葉もなく、突然現れた朴正煕という人物の『個人的カリスマ』のおかげだと見るべきでしょうか?」

 学生たちは黙り込む。そうだ。これまで学生たちに教えられた現代史では、このような質問が全く投げかけられなかった。これらの質問にさらされて初めて、学生の脳には「植民地時代」と「李承晩政権」を再評価する必要があると考える空間が設けられる。

 だからといって、ここで論争が終わるわけではない。論争は次の段階でさらに激化する。

収奪だけでない植民地

 植民地支配の時期についても、大きな障害と向き合う。「植民支配の時期は収奪と近代化が共存する時期」という筆者の主張は、最初から学生たちの抵抗にぶつかるのだ。彼らは、「収奪」が当たり前で、「近代化」とは突拍子もないことだと一蹴する。

「西欧から学んで作った日本の近代システムが、私たちに強圧的に移植されるきっかけが植民地だった」

 との筆者の説明は、「それでは日本に感謝すべきか」という学生たちの冷笑につながる。

「政治的には朝鮮が日本の植民地になって差別を受けたのは事実だが、同時に社会文化的には、朝鮮が自ら抜け出せなかった伝統社会のくびきを日本が取り除いたのではないか」

 こう反問すると、学生たちは戸惑うこともある。しかしすぐさま「日本がそうしたのは、韓国のためではなく、日本のためにすぎない」という主張が出る。

「“日本のためだった”は正しいが、結果的に韓国の近代化に役立ったのではないか」

 こうした筆者の問いは、「結果論」という非難を甘受しなければならない。

「学校や工場、監獄のように時間を管理する『監視と処罰』システムが他でもない近代だ」というフーコーの言葉を動員し、筆者は「日本が朝鮮を近代へ規律した」と説明する。他国の植民地経験と比較しながら、「植民地は全地球的に近代が広がる過程とも見られる」と付け加えもした。

独立闘争をどう捉えるべきか

 学生たちは、植民地の独立闘争を「反近代闘争」と見るべきか、と反問してくる。これに対して筆者は、

「植民地の独立闘争は政治的独立のためのものであり、社会文化的に近代から独立して伝統に回帰しようという闘争ではない」

 として、こう続けた。

「植民地住民を代弁する国会議員がおらず、軍隊にも行けないのに税金だけを負担する矛盾を解決するために、政治的独立が必要なのは事実だ。しかし、両班(ヤンバン)、民、賤民、そして男女という身分の区別をなくし、すべての人を対象に普通教育を実施する時代が植民地とともに来たのに、それを再び伝統に戻そうというのは不合理ではないか」


韓国の本当の歴史を初めて悟る学生たち

 学生たちは、そのように次元を分けて分析的に接近すると植民地という差別の「総体的性格」を薄める問題が生じると答える。総体的にテーマに接近する学生たちの最大の問題は、何よりも経済的次元の論議の中に現れる。学生に、

「土地を収奪し、コメを奪い、徴用で労働を搾取し、慰安婦を強制的に連行したことなどは、私たちが知っている歴史が事実に基づかない『反日種族主義』的思考の産物だからだ」

 と、最近の研究成果を紹介すると、最初は全く信じようとしない。しかし、李栄薫、金洛年、鄭安基、李宇衍、朱益鍾などの学者たちが主導した「植民地近代化論」の研究成果を説明し、また彼らの論文と本を直接読めば、学生たちは相当な衝撃を受け、少しずつ妥当性を受け入れる。彼らの論理と資料がそれだけしっかりしているからだ。(中略)

「構造的強制」という盾
(中略)

三つの争点
(中略)

売.春.産業で働いている女性は、自分の意志か強制か
(中略)

延世大学からの処分
(中略)

被害者中心主義でいいか
(中略)

「民間の売.春.業者で働いた慰安婦」とみなすべき例
(中略)

「慰安婦生活者より一般.売.春.店に従事した女性の方が多い」
(後略)


※全文は元ソースでご覧ください

デイリー新潮 2022年05月30日
https://www.dailyshincho.jp/article/2022/05300557/?all=1