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1首都圏の虎 ★2021/06/18(金)13:19:47.16ID:CAP_USER.net
 日本の夏の風物詩である花火には、浴衣と下駄が良く似合う。下駄は日本を代表する履物になっているが、中国メディアの快資訊は15日、「下駄はもともと中国のものだったのに、日本のものになってしまった」と主張する記事を掲載した。

 記事はまず、歴史ある中国の文化のなかには、日本や韓国などの国に伝わり、現代まで残ってきたものも多いと紹介した。たとえば唐の時代のものはその多くが日本に残っており、韓国は明時代、ベトナムは宋の時代、というように繁栄した時代の文化は他国に残っているが、中国では失われてしまったものがあまりに多い。

 記事は日本にある「下駄」も中国が発祥地だと主張している。中国の木の靴と言えば纏足(てんそく)が思い浮かぶものだが、日本の下駄と同じような形の木靴もかなり昔からあったようだ。木の靴があったことは、中国人自身も忘れているが、昔の漢詩にも下駄が出てくると伝えている。唐の時代の詩人・李白は、「足には謝霊運特製のかの下駄を履き、山を登り行けば、あたかも青雲の梯子を登り行くかのよう」という詩を残している。

 日本人は、隋や唐の時代に学んだことを、大切に保存し自分流に発展させてきたと言えるだろう。「今では下駄と言えば日本を連想するようになってしまった」と中国人筆者も残念がっている。中国は歴史ある国ながら、昔の習慣や文化が海外でより良く保存されているというのは、残念なことなのだろう。

 そんな日本でも、下駄を履くのはほとんど着物を着る時くらいになってしまった。下駄職人も減っていると言われており、日本を象徴するようになったこの履物文化を、大切にしていきたいものだ。


(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)
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