1:2014/02/27(木) 23:07:49.78 ID:

▲クォン・ウサン/命理学者・歴史小説家

今日の日本は韓民族百済人がたてた国家なのは明らかだ。500年以前に日本に奈良百済があり、663年から670年まで百済から3千人余りの王族と5千人余りの支配層と平民を含む5万人余りの百済人が集団移住し、日本は新しい自主的独立的な国家を経営することになった。彼ら百済人の中には国家を経営できるほどの専門知識人も多かった。それで原始的な多くの小王国を征服して統合した新国家体制に変え国号も倭から日本に変えた。

新国家を建設した百済人は瓦家なった大規模王宮、王道の建設と律令制定など重要な国家施策を実施した。そういう百済人が建国した日本はその後、律田左右吉の指摘のように後世、様々な人によって百済人が建国した日本ではない国家として隠し、百済より歴史がさらに長く初めから独立国家だったと歪曲ねつ造するかと思えば韓半島を日本の属国と記述するでたらめな歴史書物を編纂したのだ。

8世紀までも韓国料理を食べ韓国語を使っていた奈良時代、日本人はみな韓服を着ていた。概ね670年までは倭人らは自分を百済人とし、百済が経営した国であることを誇りに考えてきたが700年以後、このような歴史的事実を隠すようになり、そういう隠蔽は712年の<古事記>や720年の<日本書記>から現れていると言えよう。

韓国食を食べ韓国語を使っていた時代だったので日本の歴史はBC20年-300年までは韓民族移住開拓時代-AD400年からは百済直営時代(倭時代)AD670年からは日本国-AD786年からは現在の日本時代と見ればよいだろう。日本は百済が滅びるとすぐに義慈王の三番目の息子、扶余勇が日本の天地天皇として670年に即位し、明治を経て125代アキヒト天皇に至る。

670年、国号を日本に変えて天地天皇になった人が百済義慈王の息子、扶余勇であったから現在のアキヒト天皇が百済人の子孫であることは言うまでもない。日本天皇アキヒドはヒロヒト(裕仁)の長男で、称号はツグノミヤ(継宮)だ。1959年、正田美智子と結婚して2男1女をもうけた。1989年、ヒロヒトの死で王位を継承して年号を平成とした。

1990年11月即位式を持った。ところが姓氏がないという。一国の国王が姓氏がないとは犬が聞いても笑うことだ。姓氏がないのではなく、姓氏は扶余氏だ。姓氏が扶余氏とすれば、日本は百済の民がたてた国家という事実がばれるので姓氏を隠しているのだ。犬や豚のような獣なら分からないが姓氏がない人はいない。

今日、最先端の科学文明時代に住みながらも今の日本は過去の韓半島や満州大陸侵奪行為を反省するどころか韓国領土、独島(ドクト、日本名:竹島)を自らの土地だと鼻垂れ小僧のように駄々をこねている。これは日本が私たちの倍達韓民族百済人が建国した事実を隠蔽、ねつ造するためだ。

筆者は長編小説<大帝国百済から皇国日本まで>を執筆しているが、中国大陸に<大帝国百済>があったということと、百済が戦った羅唐聨合軍との戦争は韓半島ではなく中国大陸であり、新羅も大陸にあった事実を史実に沿って扱うつもりだ。

ソース:ニュース慶尚南道(韓国語) <クォンウさんの金曜断想>日本は百済人が建国した国
http://www.newsgn.com/sub_read.html?uid=58204