イメージ 傘 雨 

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:2014/02/26(水) 03:05:44.72 0 ID:
裁判というものは、時に活動家の「道具」として使われる。

勝とうが負けようがどうでもいい。とにかく話題作りにさえなればよく、そのためにのみ裁判を利用するというわけだ。

韓国人の元慰安婦を原告として、日本政府に賠償を求めた裁判はまさにその典型だった。

日韓間の賠償問題は1965年(昭和40)の日韓基本条約で最終的に解決済みであり、万に一つの勝ち目もない裁判だということを、訴訟代理人の弁護士が知らないはずがなかったのである。

この「慰安婦訴訟」の原告第1号となったのが、金学順という女性だった。

原告第1号なのだから、さぞかし強力な内容の訴えを起こしたのだろう。
日本軍に強制連行されたとまで主張したのではないか?
…と思いそうなところだが、実は全然そうではなかった。

訴状によれば、金学順は貧困のため小学校を4年で中退、金泰元という男の養女になり、「金儲けができる」と説得されて養父に連れられ中国に渡り、養父と別れて慰安所に入れられた…となっていた。

実はこれは、戦前の日本でもごく一般的な「娼婦の身売り」のパターンで、身売りされた娘は女衒(売春業者)の養女という形式を取ることが多かったのだ。

しかも、提訴以前に市民団体が行なった聞き取り調査では、金学順ははっきり「実母に40円で売られた」と言っていたのである。

そしてこのことは、訴状には書かれていなかった。

現代史家の秦郁彦氏は、訴訟代理人の高木健一弁護士に「もう少し説得力のある慰安婦はいないのか」と聞いたところ、こんな答えが返ってきたという。

「実は私もそう思って韓国へ探しに行ってきた。追加分は良いのばかりですよ」

なんだかこの弁護士が「女衒」みたいだが、その追加分も似たり寄ったりだったという。

だがそれでも裁判が提訴されると、それだけでマスコミは慰安婦問題を大きな話題にした。
原告の「説得力」なんか、問題にもしなかった。

「慰安婦訴訟」は、「活動家の道具」の裁判としては、最も成功した例と言って過言ではないだろう。
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