キムヨナ 

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:2014/02/22(土) 12:49:13.41 ID:
【社説】キム・ヨナがくれたプレゼント

 4分10秒の演技を終えたキム・ヨナは、息が上がる状況の中でも笑みを浮かべた。観客席に向かって両手を振りながら、別れのあいさつを行った。6歳の時におばさんから赤いスケート靴をプレゼントしてもらってから18年、14歳の時にジュニアグランプリで優勝し世界の舞台にデビューしてから10年、その間ずっとそのか弱い肩に背負ってきた重荷を今回ついに下ろしたのだ。

 キム・ヨナは五輪2連覇を目前で逃したが、それでもその姿には気品があり「どのような結果も受け入れるべきだ」と自ら語った。ソチ五輪を最後に選手生活に終止符を打ち「苦労したものをすべて出すことができた。すべてを終えて幸せ」とも話した。幸福を感じたのはむしろ大韓民国だ。キム・ヨナが登場する前まで、韓国人にとって女子フィギュアスケートは別世界の出来事だった。フィギュアのスターは国力がある、裕福な国からしか出てこないと思っていたからだ。

 キム・ヨナは夢を現実のものとした。まともなリンクなど1カ所もないようなこの国で奇跡を起こした。この世に越えられない壁などないことを教えてくれたのは、韓国人にとってこれ以上ないプレゼントだった。世界の人たちの心を奪い、韓国人にはプライドを抱かせてくれた。キム・ヨナは国の格を一段階引き上げてくれたのだ。

 熱狂の後には長く辛い時期もあった。まだ若いキム・ヨナはワイヤーで体を縛りながら数えきれないほどジャンプの練習をした。毎晩夜12時が過ぎ、果川アイスリンクの職員が消灯を催促してくるまで何度も何度もジャンプをした。ひざ、腰、股関節、尾てい骨など全身が負傷と痛みだらけだった。20歳のキム・ヨナはバンクーバー五輪で史上最高点を記録しレジェンドとなった。

 キム・ヨナは全盛期を過ぎる前に、拍手を受けながら引退したいと考えていた。厳しい練習に耐える自信はもうなかった。「もう期待には応えられないかも知れない」という恐怖もあった。2年休んだキム・ヨナは「悔いを残したくない」という思いから復帰を果たした。逃げずに恐怖と向き合った。キム・ヨナは今や自分自身に100点ではなく120点を付け「苦労が報われた」と語った。キム・ヨナが韓国人に与えてくれた勇気と喜びは、かけがえのないものだ。

 4年前のバンクーバー五輪で、米国NBCはキム・ヨナの演技を見て「女王万歳」と叫んだ。4年後のソチでもキム・ヨナはやはり女王だった。今回我々はキム・ヨナに再び拍手を送ることができて幸せだった。本当にありがとう。
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版

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