(イメージです。)

1蚯蚓φ ★2019/03/31(日)19:07:40.33ID:CAP_USER.net
 民族主義的な歴史政治が火を噴いている。親日積弊清算を望む大衆の感情的要求と、北朝鮮と共に韓半島(朝鮮半島)の平和を実現させようと考える「我らは同じ民族同士である」という情熱がそれだ。歪曲(わいきょく)された韓半島の現代史を正す「百年戦争」の熱望が歴史戦争をあおる。そのようにして親日積弊清算運動が大々的に繰り広げられている。「我ら同じ民族同士」という情熱は2回目の米朝首脳会談の決裂で一息ついているだけで、いつでも再び火がつく可能性がある。

 今の反日感情と「我ら同じ民族同士」という感情は典型的な「官製民族主義」(officialnationalism=公定ナショナリズム)の所産だ。「官が主導する民族主義」だからといって、政府が国民に一方的に民族感情を注入しているわけではない。大衆が民族主義的な感情を既に心の奥深くへと内面化させているからだ。日本の植民地統治と分断からはじまった痛恨の歴史の経験は、韓国人の民族主義的な感性を極大化させた。我々の民族感情が平和志向の抵抗的民族主義だったという史実が、韓国の民族主義の正当性を一層強化した。今や韓国の民族主義は神聖不可侵の聖域となり、その逆鱗(げきりん)に触れようとは誰も思わない。官製民族主義が繁栄する最適な土壌なのだ。

 だが、民族という概念そのものが近代西洋の産物であることに注目しなければならない。カトリック教会と神聖ローマ帝国が支えた中世封建体制の崩壊後、個々の民族の国民国家がそのすき間に入った。近世の始まりだ。言語・神話・文化・慣習・血統を共有する特定の種族集団が民族という名で「呼称」され、政治主体として登場した。近代特有の政治の企てが「想像の共同体」(imaginedcommunity)である民族を生み出したのだ。国民国家の誕生と民族主義が歩みを同じくしたのがその証拠だ。「民族が民族主義を作ったのではなく、民族主義が民族を作った」のだ。
(中略)

 しかし、官製民族主義には致命的な毒素がある。権力は失政を隠し、政権の正統性を高めるために民族主義を悪用する。維新体制(朴正煕〈パク・チョンヒ〉政権体制)は政府の主導により民族主義史観を最大化させ、当時の朴正煕大統領の独裁を正当化した。北朝鮮は金一族による世襲政権を擁護しようと、我ら民族の歴史全体を「金日成(キム・イルソン)民族」の主体(チュチェ)史観に変質させた。官製民族主義の最大の弊害は、現実の不平等と貧困、格差拡大と政権の無能といった真の問題を隠ぺいすることにある。ロシア・中国・トルコ・ベネズエラで見られる通り、水平的兄弟愛で結ばれた架空の民族概念を政権があおり、深刻な体制矛盾を隠すことが官製民族主義の本質だ。

 しかも、文在寅(ムン・ジェイン)政権は我々の生死が懸かっている南北問題まで官製民族主義で粉飾しようとしている。「我ら同じ民族同士」という民族感情に訴えて北朝鮮の核危機をほぐし、韓半島の平和体制を構築しようという図式は美しく見える。しかし、民族感情で南北関係を解決しようとしている文在寅大統領の官製民族主義は出発することすら難しい。「金日成民族」であることを強調する北朝鮮の民族主義と、韓民族を掲げる韓国の民族主義が歩みを同じくするのは原則的に不可能だからだ。三・一節(独立運動記念日)と上海臨時政府樹立100周年を共にたたえる提案を北朝鮮が受け入れられなかったのには思想的な理由があったのだ。

 文在寅政権の官製民族主義は民主主義を脅かす。親日積弊清算が民衆の同意を背負った韓国版文化大革命に飛び火すれば、三権分立と法治主義は崩壊する。政権が閉鎖民族感情をあおる国は例外なく政治後進国だ。南北の国家理性の緊張を無視した官製民族主義は、韓国の安全保障を総体的危機に追いやる。経済の失敗と国政の乱れを隠すための文在寅政権による官製民族主義が国を滅ぼす。「我ら同じ民族同士」の国粋主義的民族主義が、歴史に対する反動でないわけがない。今こそ植民地コンプレックスと永遠に決別する時だ。

尹平重(ユン・ピョンジュン)韓神大教授(政治哲学)

ソース:朝鮮日報/朝鮮日報日本語版<【寄稿】「官製民族主義」が韓国を滅ぼす>
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2019/03/29/2019032980103.html