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1蚯蚓φ ★2019/02/04(月)23:56:02.19ID:CAP_USER.net
 近代の初めごろ欧州で盛んに行われていた「魔女狩り」は、実に理解し難い異様な現象だ。夜、獣に変身した女性がサバト(魔女の集会)に飛んでいって悪魔と肉体関係を持ち、そうして得た恐るべき力で人を殺したり暴風雨を起こしたりする-という罪で数万人が死刑宣告を受けた。昔話にでも出てきそうなとんでもない「容疑」で正式に裁判にかけ、処刑するなどということが、どうして可能だったのか。
(中略:欧州の魔女狩りの説明。長いので割愛。元記事参照)

 現在の韓国社会を巡って、魔女狩りが繰り広げられている場所だと言うなら、もちろんそれは誇張だ。ただし、場合によってはその方向へ突っ走る危険性が濃厚だという点は、ぜひ指摘したい。

 現在の韓国社会は、どう見ても息苦しいことこの上ない。寛容は忘れ去られて久しく、熱せられた憎悪を浴びせる準備は常時できている。過ちを犯した人を懲戒し、処罰するのは当然だが、問題は、その程度がひどいというところにある。

 「国民感情」や「民衆感情」という名の打ち出の小づちのような基準に一度引っ掛かってしまうと、おしまいだ。身体的に殺しはしないにしても、魂がすっかり打ちのめされた、生ける死人のような状態にしてしまったケースは一度や二度ではない。

 最も憂慮されるのは、政界のこの上ない正義感だ。過去の時代の邪悪さを擁護する考えもなく、過ちを犯した人の処罰を非難する意図もないが、ひょっとして独り善がり「正しさ」に酔ってバランスを失しているのではないかと心配だ。別の時代には別の正しさが新たな魔女をつくり出す-という歴史が繰り返されてはならない。

朱京哲(チュ・ギョンチョル)ソウル大学西洋史学科教授


ソース:朝鮮日報/朝鮮日報日本語版<【寄稿】「国民情緒」という名の打ち出の小づち>
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2019/02/01/2019020180146.html