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:2014/08/27(水) 14:38:57.57 ID:
人間、だれしも「私は正しく、間違っているのは相手だ」と思いがちである。

未熟者の筆者などもしょっちゅうこの考えに支配されそうになるのだが、「いや、人の考えは千差万別なのだから」と思うようにしている。(できるだけ)

自分の思い込みを正すよすがとなるのは、言うまでもなく、常識やルール、法律などであり、諸外国との関係がこれだけ密な現在では、国際社会の常識も判断の基準となるだろう。

前置きが長くなったが最近、室谷克実氏の『呆韓論』を読み、この中に出てくる「OINK」という言葉に、「ははあ…」と思い当たるふしがあった。

「OINK」とは「Only in Korea」の略語で「韓国でしかありえないこと」を意味するという。欧米の国際金融関係者による造語だそうだ。

つまり、韓国では常識であるものの、国際社会ではそうではないことを指す。

例えばロンドン五輪でのサッカー日韓戦の試合後、韓国の選手が「独島(竹島の韓国名)はわれわれの領土」と書かれたプラカードを掲げた行為などが典型ではないか、と思う。

筆者が思い当たるささやかな経験としては、国連の潘基文(パン・ギムン)事務総長をめぐる記事がある。2007年1月の潘事務総長の就任後の約1年間に国連の韓国人職員が急増、政策決定に直接関与できる最高幹部クラスも増えており、「同胞偏重批判」があることをまとめたものだ。

実際、国連職員組合は事務総長の身内がイラク関係の重要組織の要職に就いたことで批判文書を採択してもいた。

さらにこのテーマでは、筆者の記事の前に欧米メディアで批判が噴き出していたが、事務総長は「批判は全く不当」と反論していた。

さて、どちらの主張が正しいのか? どうしてここまで言い分が異なるのか? 国連の主導層だった欧米のアジア人事務総長への偏見もあるのだろうか? 単純な疑問から取材をはじめ、国連の関連文書などを入手して、数字を出し、欧米側、事務総長側の主張なども入れ、バランスに配慮して記事をまとめたつもりだったが、抗議を受けた。

さて、最近改めて分かったことだが、韓国では家族の絆が強い。地縁血縁関係を非常に大切にする。一族で秀でた人が一人出れば、家族、親族がその恩恵にあずかるというのは「常識」なのだそうだ。常識というか、それは善行とも考えられているようなのだ。

推測だが、韓国社会では、大切な価値観である「身内を大切にする」という行為が、国際社会ではそう解釈されなかった結果ではないか、と考えている。

もっともその後はこうした「同胞偏重」話を聞かないので、事務総長は堅実な組織運営をしているのだろう。何より、国連は「報道の自由」に代表される民主主義、自由で公正な社会の実現を看板とする組織である。

いずれにせよ、自分の、いや自国の常識が世間一般の常識や国際常識に照らしてどうなのか、という視点は忘れないようにしていきたい、と自戒を込めて思う。これを忘れると怖い結果を招きかねないと思うから。(最後はテーマへのこじつけのようでスミマセン)(kamo)

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国同士などの関係は微妙でも、韓国の友人は大切にしていきたいと思う中高年記者。

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【zak女の雄叫び】取材や日常…。女性記者21人が月ごとのキーワードで本音を綴るリレーコラムです。8月のお題は「怖~い話」です

ソース:zakzak 2014.08.27
http://www.zakzak.co.jp/zakjyo/zkj-news/news/20140827/zkj1408271145001-n1.htm
http://www.zakzak.co.jp/zakjyo/zkj-news/news/20140827/zkj1408271145001-n2.htm