1:2014/07/31(木) 20:01:28.09 ID:
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 浅野善一

 天理市の戦時中の軍事施設、柳本飛行場跡に、市と市教育委員会が1995年設置した説明板がこの4月、市によって撤去された。説明板には、飛行場建設で朝鮮人労働者の強制連行が行われ、朝鮮人女性の慰安所が置かれていたとの記載があった。市は撤去の理由について、「強制性については議論があり、説明板を設置しておくと、市の公式見解と誤解される」
とする。設置から約20年で何が変わったのか。

  ・在日批判の団体の街頭活動で知る

 市が撤去を決めたきっかけは、2月ごろから市の意見箱などに寄せられた、説明板に対する批判のメールや電話。強制連行はなかったとして、撤去などを求めるものだった。一方、説明板の基となる事実関係の調査に関わるなどした人たちが撤去を知ったのは、「在日特権を許さない」などと主張する団体が5月に奈良市で実施した街頭活動で明らかにしたときだった。

 柳本飛行場の正式名は大和海軍航空隊大和基地。建設は1944年9月に始まり、終戦の45年8月まで続き、1200メートルの滑走路などができた。工事は勤労奉仕によって進められ、労働者の宿所もあった。

 説明版はステンレス製、縦80センチ、横1メートルで、同市遠田町の公園内に設置されていた。市史から抜粋した飛行場の説明に加えて、「多くの朝鮮人労働者が動員や強制連行によって、柳本の地へつれてこられ、きびしい労働状況の中で働かされました」「『慰安所』が設置され、そこへ朝鮮人女性が、強制連行された事実もあります」などの記載があった。当時の朝鮮人労働者らから聞き取りした証言の一部も引用されていた。

 撤去に抗議している「天理・柳本飛行場跡の説明板の撤去について考える会」の事務局の川瀬俊治さん(66)によると、教員を中心とした「奈良県での朝鮮人強制連行等に関わる資料を発掘する会」は、飛行場建設に従事した当時の朝鮮人労働者らからの聞き取り調査などを基に91年、冊子「朝鮮人強制連行と天理 柳本飛行場」を発行した。これを踏まえて、市の教員らでつくる市同和教育研究会(現在は市人権教育研究会)が市、市教委と交渉、説明板設置に至ったという。

 市に寄せられた説明板に対する意見はどのようなものだったのか。

 市によると、撤去を決めたのは4月18日で、同日中に撤去したという。「撤去について考える会」が市に抗議して新聞などで報道があった6月27日、記者は市の情報公開制度に基づき開示請求した。市はメールについて、送信者の名前など個人を特定する情報を除いて開示した。撤去決定前に寄せられたのは2月2日~4月16日の4件だった。電話によるものは記録がないとした。

  ・批判メール、「戦時徴用」と主張

 これらのメールは、強制連行については戦時徴用だったとし、当時、朝鮮は日本に併合されており、戦時徴用は日本人にも同様に行われていたと強制性を否定。慰安婦については、根拠は本人たちの証言のみで一次資料は見つかっていないなどとした。
 説明板について、日本国民をおとしめるものなどと主張、撤去や修正を求めた。ただ、いずれも柳本飛行場の強制連行に関する事実関係への具体的な反論はなかった。

 6月27日までに12件のメールが寄せられたが、撤去後は撤去に反対するメールも2件あった。市によると県内より県外からのメールが多かったという。

 市は4月22日、検討会を開き、説明板への問い合わせに対する回答文をまとめた。それによると、どのような資料を根拠に設置されたのか、どのような経緯で現在の場所に設置されるに至ったのか、調査したがはっきりしない
さまざまな歴史観がある中で、「強制性」については全国的に議論されており、国もあらためて検証する方向を示している
国の動向も見ながら専門家による検証を見守る
設置しておくと、市、市教委の公式見解としてとらえられるので、いったん取り外し保管している
―などとした。

>>2以降へ続く)

奈良の声 2014年7月26日
http://www.ac.auone-net.jp/~nara-koe/news411.html