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:2014/07/30(水) 11:26:12.50 ID:
誰の目にも略奪が明らかな韓国文化財、日本に多数

 東京国立博物館で昨年7月、高麗時代の文官、張忠義(1109-80)の石棺が展示された。博物館の学芸員は「白虎、玄武などが刻まれた石棺で、韓国でも珍しい貴重な文化財だ」と誇らしげに語った。

 日帝(日本帝国主義)統治時代に墓を掘り出して奪った遺物であることが間違いないが、それが日本の自尊心を象徴するような国立博物館で堂々と展示されたのだ。しかし、韓国は返還要求すらまともに行うことができない。博物館側が「どのようなルートで日本に運び込まれたか不明だ」と言い逃れているからだ。

 しかし、それが虚偽であることを日本政府が自ら明らかにした。文化財関連の文書公開を求めた訴訟で、日本政府が東京高裁に提出した陳述書によると、日本政府は1965年、韓日協定(日韓基本条約)の締結過程で、博物館、大学はもちろん、東洋文庫など民間所有の物も含め、韓半島(朝鮮半島)由来の遺物の現況と搬入経路を調べて文書化した。韓国の返還要求を懸念し、関連文書を隠してきた事実が日本政府の陳述書で明らかになった格好だ。

 韓国の国外所在文化財第団が日本で公開された遺物を中心に調べた結果、韓国の文化財は合計6万6824点あった。しかし、個人が保管する文化財まで含めると30万点を超えると推定されている。

 石棺のように誰の目にも明らかな略奪文化財も数多く存在する。日本は、1920年に朝鮮総督府が慶尚南道梁山市にある夫婦塚を発掘して収集した遺物489点を、1938年に東京国立博物館に移して保管している。金銅冠をはじめ、銀製のベルト、金銅製の靴、装身具、土器などで、梁山地域の三国時代当時の歴史や文化だけでなく、5-6世紀の新羅古墳文化の特徴を究明する上で非常に重要な遺物だ。

 日帝統治時代に大邱で電気会社を経営していた小倉武之助が没後に東京国立博物館に寄贈した約1000点の韓国の遺物には、現在韓半島にもない貴重な文化財が多数含まれている。

 忠清南道公州市の寺の石塔から発見されたとされる金銅弥勒菩薩半跏思惟(はんかしい)像は、7世紀の百済の国宝級仏像だ。新羅、伽耶時代のさまざまな金冠、金銅冠も含まれている。朝鮮王朝の高宗が使用していたと推定される戦闘具やよろいもあり、東京国立博物館は先ごろ特別展まで開いた。

 日帝統治時代だけでなく、高麗末期の倭寇侵入、壬辰倭乱(文禄・慶長の役)で略奪された遺物も日本に相当数存在する。韓国文化財研究のために日本を訪れなければないほどだ。高麗の仏画は約160点が確認されているが、うち日本に120点がある。米国に16点、韓国に12点)にある仏画も大半は日本から流出したものだ。

 日本では韓国の梵鐘(ぼんしょう)が50点余りあるが、うち20点余りは日本の重要文化財に指定されている。統一新羅時代の梵鐘は韓国に3点しかないのに対し、日本には4点ある。高麗の仏像も国内外に100点余りがあるが、半数は日本にある。

 国外所在文化財財団の安輝濬(アン・フィジュン)理事長は「日本にある韓国文化財の相当部分が日帝統治時代をはじめ、日本が韓国を侵略した時期に不法な手段で収集、搬出されたものと推定されるが、正確な流出経緯を把握することができず、返還を要求できないのが現状だ。韓国から不法に持ち出されたことが立証された場合には、韓国政府が要求して返還を受けなければならない」と指摘した。

 文化財関連文書の公開を要求する訴訟を主導した「日韓会談文書・全面公開を求める会」の李洋秀(イ・ヤンス)事務局長は「略奪文化財であることを立証する資料が公になることを恐れ、日本政府が関連文書の公開を必死に拒んでいる」と批判した。

東京=車学峰(チャ・ハクポン)特派員
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2014/07/30/2014073000784.html