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 「この道路は日本の施設部隊と州政府によって補修された」

 5月5日、南スーダンの首都ジュバ。飲食店やホテル、米国大使館が立ち並ぶ中心部の道路脇に、自衛隊が補修したことを示す看板が立っている。陸上自衛隊の施設部隊が2013年、この道路のうち約1・8キロ部分を補修したのだ。

 日本政府は12年1月から国連平和維持活動(PKO)の国連南スーダン派遣団(UNMISS)に自衛隊を派遣。昨年5月25日、「一定の区切りがついた」として完全撤収させた。

 施設部隊は車道に砂利を敷き詰め、道路脇に側溝を造成。補修前は雨が降るたびに冠水し、車は行き来できなくなったが、補修後は水はけがよくなり、車も通行できるようになった。

 道路沿いに自宅を構える大学講師のデビッド・ラドさん(37)は「補修前は大雨が降れば自宅に帰るのは難しかった。でも今はそんな心配はない。日本人のおかげだ」と感謝する。

 だが、完成から4年半が過ぎ、劣化が目立つ。あちこちに凸凹があり、水たまりも残る。側溝にはポリ袋やバナナの皮が捨てられ、水はけは悪くなった。

 施設部隊が16年に一部補修したジュバと近郊ロコンをつなぐ幹線道路(約56キロ)も凸凹が多い。10センチ以上の段差もあった。

 UNMISSのトップを務めるデビッド・シアラー国連事務総長特別代表は「南スーダンでは定期的に補修されている道路はほとんどない。これが大きな問題だ」と打ち明ける。

自衛隊は延べ約4千人を派遣し、ジュバを中心に活動した。約260キロにわたる道路補修のほか、大学の敷地造成や避難民キャンプのトイレ設置を担った。

 1年前に撤収した自衛隊の再派遣を望むか。南スーダンのマニャン国防相にそう尋ねると、マニャン氏は「派遣されても宿営地にいて自分たちを守るのであれば、この国のためにならない。私たちの最大の課題である道路整備、地雷除去、学校建設の支援を日本にお願いしたい」と語った。

(ジュバ=石原孝)


http://www.asahi.com/sp/articles/ASL5K6HSYL5KUHBI03D.html
 
 
=管理人補足=
2つの同じスレをまとめています。ご了承下さい。
 
南スーダン共和国(みなみスーダンきょうわこく、英語: Republic of South Sudan)
2011年7月9日に、スーダン共和国の南部10州が、アフリカ大陸54番目の国家として分離独立した[2]。
 
南スーダンクーデター未遂事件(2013年)

2013年12月14日、同年7月に解任されたマチャル副大統領派によるクーデター未遂事件が発生するも失敗に終わったとされるが、その後もマチャル派・大統領派間の戦闘は継続し、翌年1月に両派間で停戦合意が結ばれたものの戦闘はおさまらず、その影響で避難民が100万人以上にのぼる事態となっている[14]。

戦闘発生から1年経った2014年12月の時点でも戦闘は収まって居らず、国連によるとその影響による避難民は190万以上にのぼっている[15]。(省略)
2015年8月の調停までに5万人が死亡、避難民は230万人以上と推定されている[16]。

暫定政府の発足〜再びの内戦危機(2015年-現在)
 
2016年4月時点の軍事情勢,、赤は政府軍、緑は反政府軍、青斜線はスーダン軍が優勢な地域
この事態を受け、政府間開発機構が仲介に入り、和平協議が続けられた結果、2015年8月、政府間開発機構による調停の下、対立していたキール大統領派とマチャル派が調停案を受け入れ、紛争解決に関する合意文書へ署名を行なった[17]。

2016年4月26日、合意文章に基づき、マチャル前副大統領が第一副大統領に就任し、29日、国民統一暫定政府が設立された[18]。しかし合意後も両陣営から協定の細部への不満に加え、内戦中の戦争犯罪の特別法廷の設置や州の再編案などで対立は続き、内戦により疲弊しきった経済はインフレ率295%のハイパーインフレーションを引き起こした[19][20]。

2016年7月、首都ジュバでは両陣営による銃撃戦が断続的に続くなど内戦再燃の危機が高まり、現地で支援活動を行う日本を含めた欧米各国は国外退避を決定している[21]。同月の戦闘では、ジュバ住民等に270名ほどの犠牲者が出たが、国連加盟国との交戦を避けるためPKO部隊による住民の保護がされず、国連施設の前で南スーダン国軍による強姦行為が繰り広げるような有様であったとされ、PKOのあり方について国際世論から批判を受けた。これを受け潘基文国連事務総長はケニア出身の司令官や、国際連合南スーダン派遣団の国連事務総長特別代表を解任したが、ケニアはこの対応に反発しPKOから部隊を撤退させる事態となった[22][23][24]。7月23日にはマチャルが第一副大統領を解任され、和平プロセスは事実上崩壊した[25]。

2017年になっても国内の混乱は収まらず、国内の当事者らがそれぞれ高圧的な軍事行動を展開。政府軍の破壊行為が止まらない一方、反政府側のスーダン人民解放軍や民兵集団が台頭し、組織の分裂や支配地域が広がる状況にある[26]。政府軍は、南部のエクアトリア地方一帯などで反攻を続けているが、一方でエクアトリア出身の元政府軍副参謀総長が反政府組織を立ち上げるなどの混乱が続いている[27]