韓国 Flag

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:2014/02/07(金) 15:33:18.42 ID:
【コラム】東アジアの勢力地図は韓国の手に…旧韓末の警告を振り返るとき

2014年02月07日14時57分 [ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]

中国の浮上を歴史的な流れで見ようという動きが活発になっている。中国自らもそうだ。王毅外相は、歴史上15回の国家の浮上があり、うち11回は新興強国と従来の強国の間で戦争・対立があったと述べた。昨年9月に米国で対米外交政策「新型大国関係」を説明しながらだ。そして王外相は14文字の方針を出した。不衝突・不対抗・相互尊重・合作共栄だ。米中が過去の失敗から学び、ウィンウィンの新しいモデルを作ろうという趣旨だ。習近平国家主席も先月、「トゥキディデスの罠」にはまってはならないと述べた。古代新興強国アテネと覇権国スパルタのペロポネソス戦争が結局、両国ともに没落させたという、歴史家トゥキディデスの省察をめぐり述べた言葉だ。

東アジアの紛争と対立は、中国の急浮上がもたらした力学関係の変化を抜いて語れない。従来の座標軸を守ろうとする側と、新しいルールと秩序を作ろうとする中国の間の葛藤ではないだろうか。中国の全方向での浮上は速度と規模で歴史上類例がない。19世紀末、20世紀初めに東と西で摩擦と戦争を招いた日本とドイツの浮上とも比較される。米国がアジアに戻り、日本の攻勢的な安保政策を後押しするのは、力の均衡を保とうということだろう。米国の力が世界平和を保障する米国中心主義は終わって久しい。自由と人権伸張の使命を持つという米国の例外主義は冷めている。新孤立主義傾向までが見える。米国は日本と一緒に中国を牽制するしかない。日本が再武装し、武力使用に対する平和憲法の鎖を解くのは、米国の国益と一致する。東アジアで日中対立局面の長期化は避けられない。

日中間はパワーゲームだけでない。過去の歴史もある。中国にとって尖閣諸島(釣魚島)は屈従の近代史を象徴する。日本が尖閣諸島を編入したのは1895年。その1年前に起きた日清戦争の渦中だ。この戦争は阿片戦争とともに中国歴史の分岐点だ。19世紀初め、世界GDPの3分の1を占めた中国の自尊心を粉砕した。日清戦争は中国にはトラウマだ。周恩来首相は1972年の国交正常化交渉当時、田中角栄日本首相に「1000年の友好交流の歴史があるが、50年間の不幸な時期もあった」と述べた。1945年の日本敗戦から逆算すれば基点は日清戦争だ。江沢民主席も98年の訪日で、甲午戦争(日清戦争)に言及した。尖閣諸島をめぐる紛争が喪失した権利を復元しようという領土問題にとどまらないということだ。明治維新
と日帝の軍国主義による屈辱の歴史観がかかっている。1924年に「日本は西洋覇道の犬になるのか、東洋王道の干城になるのか」として平和の道を訴えた中国の国父・孫文の演説が反面教師として残っているかは分からない。日本が現在の中国を1930年代の日本と比べ、孫文の演説を中国に問い返しているのは歴史のアイロニーだ。

いま習近平主席は中国の夢を、安倍晋三首相は日本の魂を話している。過去の栄華と切り離せない国家主義がちらつく。東アジアの勢力地図は韓国にかかっている。韓国が日米と中国のどちら側に立つかによって力の均衡が変わる。旧韓末に朝鮮がどちらに傾くかによって清と日本の間の情勢が変わる局面と似ている。当時も今も戦略的な要衝の価値はそのままだ。選択を強要される立場だが、覆せば私たちが状況を主導できる。米国とは同盟国だ。中国とは戦前の過去を、日本とは戦後の民主主義を共有している。南北関係の突破口を開き、韓日米と韓日中のツートラックを作り、東アジアの平和と繁栄の外交を展開できる国は我々しかいない。これが強大国間の権力政治のくびきから抜け出す道なのかもしれない。過去の歴史に対する日本の挑発に目を閉じろというのではなく、歴史戦争に陥没してはならないということだ。しかし情勢を論じる談論は浅く、分裂している。政策も鋼鉄の原則がシルクの柔軟性を支配する。旧韓末に駐日清国参事官の黄遵憲が『朝鮮策略』で、朝鮮を台所に火がついても仲良くさえずる軒下のつばめに例えた警告を振り返る必要がある。歴史に知恵がある。

オ・ヨンファン論説委員
http://japanese.joins.com/article/522/181522.html?servcode=100&sectcode=120