1: 蚯蚓φ ★ 2018/01/18 22:50:14.59 ID:CAP_USER.net
 
▲1月6日、東京でトークコンサートを開いた(左側から)植村隆、崔善愛(チェ・ソンエ)、松元ヒロ。カン・ミョンソク氏提供

▲トークコンサートの聴衆たち

▲トークコンサート演壇に立った植村隆、元<朝日新聞>記者

「重要なのは私の記事がどうこうではなく、戦場で女性たちが凌辱されたという事実です。」

去る6日、東京西部の世田谷区成城ホール。400人の観客が集まって盛況だったトークコンサート「忖度を笑う 自由を奏でる」の講演者、元朝日新聞記者であり現カトリック大招聘教授の植村隆(59)の声は力を持っていた。

彼は1991年8月、日本軍「慰安婦」初の証言者である故キム・ハクスン、ハルモニの記事を一番最初に報道したことで有名なジャーナリストだ。しかし、彼は2014年以後、日本右翼と対抗して苦るしい戦いをしてきた。4年前、日本メディアが植村の記事がねつ造されたと報道し、右翼らの脅迫電話と手紙が押し寄せた。

当時、高校生だった娘に対する殺害脅迫もあった。彼は当時、北星学園大学で3年目の講師をしていた。この報道で神戸松蔭女子学院大学教授就任契約も取り消しになった。彼は現在の自身を「ねつ造記者」と主張する日本右派知識人らに名誉毀損訴訟を起して東京、札幌で法廷攻防を行っている。

この日の公演には指紋捺印拒否運動を行ったことで有名な在日同胞3世ピアニスト崔善愛(チェ・ソンエ)氏、<憲法くん>と自ら名付けた一人劇を通じて20年以上の間、平和憲法の意義を日本社会に知らせてきたコメディアン松元ヒロなどが加勢した。

彼らが年初にこのように集まったのは安倍政権の右傾化の風に対する抵抗を確かめる一方、今年で4年目なる「植村裁判」に力を加えるためだ。

行事は「トークコンサート」という名にふさわしい多彩な形で進行された。最初の舞台は松元の示唆風刺劇から始まった。
 
(中略:>>2-5のあたりに掲載)

最後に登場した植村は明るくて元気な姿だった。2014年以後「ねつ造記者」、「売国奴」の頚木をかけてずっと右翼の標的だった彼は4年前と今日を比較して「感慨が新しい」と明らかにした。「大学就任が取り消しになって目の前が真っ暗だった。しかし、おかげで支持する多くの人々と会った。」と席をいっぱい埋めた観客に謝意を表した。その後、宴会の席で彼は自身を助ける支持者らの前で直接書いた四字熟語を持ち出した。

「一陽来復」彼はこの四字熟語は「冬が過ぎて春がくるように、悪いことが続いた後は仕事が良い方向へ向かうことを意味する」とし、右翼との至難な戦いにまきこまれた日々を後に、近づく裁判での勝利を約束した。安倍政権以後、著しい右傾化の流れの中で日本では歴史修正主義勢力が力を得て「慰安婦」問題を知らせてきた大学教員や市民団体、学校に対する攻撃があった。広島大学教員が授業中、慰安婦ドキュメンタリーを上映したという理由で大学は激しい抗議に苦しめられなければならなかった。兵庫県の灘中もやはり慰安婦に言及した歴史教科書を使ったという理由で似た状況に置かれた。東京、新宿に位置する慰安婦資料館(WAM、女性たちの戦争と平和資料館)は匿名の爆破予告脅迫で大きな騒動をおこした。この様な状況で植村の裁判勝訴は本人の名誉回復以上の意味を持つ。「慰安婦の歴史」を消そうとする右翼のヘイトスピーチがこれ以上日本社会で容認されないことを知らせる判例になるだろう。

植村の次の裁判は来る31日、東京で開かれる。札幌で進んでいるもう一つの裁判は今秋、判決が下されるものと見られる。

カン・ミョンソク/早稲田大アジア太平洋研究科修士1年

ソース:ハンギョレ新聞(韓国語) 「私の記事置いて騒いでも「慰安婦女性「展示凌辱は不変」
http://www.hani.co.kr/arti/culture/culture_general/828446.html

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https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/news4plus/1516276886/