1: ダーさん@がんばらない ★ 2018/01/01 03:23:53.08 ID:CAP_USER.net
「日本 - 東アジアの交流の歴史を考え、高麗神社参拝」

2019年に退位を控えた天皇...誕生日の会見で9月の参拝心境明らかに


今年9月20日、日王(前列左)と夫人美智子妃(前列左から2番目)が高句麗王族を称える埼玉県日高市の高麗神社を視察する様子。

「我が国(日本)と東アジアとの長い交流の歴史に思いを致しました。」

2019年に退位を控えた明仁日王が自分の誕生日の記者会見で、今年9月に高句麗の王族を称える高麗神社を参拝したことを取り上げて言った。間接的に両国間の和解の意志を明らかにしたという分析が出ている。

23日の朝日新聞などによると日王は84歳の誕生日を記念したインタビューで、「埼玉県日高市にある高麗神社を参拝しました。今から約1300年前に、高句麗からの渡来人がこの地に住み、建てられた神社です。」と今年を振り返った。また、「多くの人に迎えられ、我が国と東アジアとの長い交流の歴史に思いを致しました。」と述べた。

高麗神社は1300年前に定着した高句麗の王族、高麗若光を称える場所である。 668年に高句麗が滅亡した後、最後の王である宝蔵王の息子、高麗若光は流民1799人を連れてここに定着した。子孫は高麗若光を称えるために高麗神社を建て、直系が代々宮司(日本の神社運営責任者)を務めた。現在、高麗文康(50)宮司は高麗若光から60代目である。歴代天皇がこの神社を訪れたのは9月が初めてだった。

日王は2001年の誕生日の記者会見で、「私自身としては、桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると、続日本紀に記されていることに、韓国とのゆかりを感じています。」と話すなど、韓国に対する愛情を何度も表した。直接的または間接的に韓国を訪問したいという意思を何度も示したが、実現しなかった。このため、高麗神社訪問で残念な気持ちを慰めたという解釈が周辺から出たが、本人が直接感想を明らかにしたのは初めてだ。

一方、日王は2019年4月末に予定されている自身の生前退位と関連して「これまで多くの人々が、おのおのの立場で考え、努力してきてくれたことを、心から感謝しています。残された日々、象徴としての務めを果たしながら、次の時代への 継承に向けた準備を、関係する人々とともに行っていきたいと思います。」と明らかにした。誕生日を迎えた天皇は慣例に従って3回参賀者たちに挨拶をした。この日の王宮には5万2300人が集まったが、これは1989年の即位以来、最も多くの人出だ。

ソース:東亜日報 2017-12-25 03:00(韓国語)
http://news.donga.com/Inter/3/02/20171225/87887953/1