1: ダーさん@がんばらない ★@\(^o^)/ 2017/09/27 14:20:06.01 ID:CAP_USER.net
1千300年前の便器に排水施設...トイレ考古学の新しいページが開かれた

慶州で水洗トイレの遺跡... 「寄生虫が出ると新羅の食生活が究明されるかも」


新羅時代のトイレ文化
26日午前、新羅の離宮だった慶尚北道慶州東宮で文化財庁国立慶州文化財研究所が統一新羅時代の8世紀に製作されたと推定される水洗トイレの遺跡を公開している。 2017.9.26

「普通の四角い前石を敷いて作った施設には、澄んだ水を流します。ところが、このトイレ片隅は底を前石で埋めました。それほど洗練されたトイレはなかったでしょうか。」

いわゆる「トイレ考古学」の新しいページを開く遺跡が慶州東宮で発見された。 8世紀中頃、新羅王室が造成したトイレの建物跡と石造りの便器、汚物を流した排水施設が出土したのである。

文化財庁国立慶州文化財研究所が26日、慶尚北道慶州「東宮と月址」(史跡第18号)北東地域で行われた発掘調査懇談会では、水洗トイレが断然関心を集めた。

今まで、慶州仏国寺と益山王宮里で古代トイレ遺跡が出てきたことはあるが、トイレの全貌を把握できる一連の遺跡が出土したのは初めてだ。東宮の水洗トイレ遺跡は、これまで「トイレ考古学の寵児」と呼ばれた益山王宮里の百済共同トイレ遺跡と比較すると、高級だという評価を受けている。

今回出てきた水洗トイレは2間の建物でトイレは片側のみ設置された。 12~13㎝の長さの穴があいた楕円形の石造りのトイレを置き、左右に足場として使う大きな長方形の板石を置いた。板石を両足で踏んで、しゃがみこんで用を足すことができるようにしたものだ。

トイレを利用した後に水を注ぎ、汚物が傾いた暗渠(暗渠・水を取り出すことができるように下に出した溝)を経て排水施設に抜けていくように設計された。楕円形の便器から6~7m離れた地点は40㎝程度低く、水が自然に流れる。原理上、現代のトイレと大きな差がなかったわけだ。

イ・ジョンフン国立慶州文化財研究所長は「トイレの遺跡は、新羅人が何を食べてどのように排泄したのかを知る糸口になる」、「文化史的に非常に意味のある成果」と強調した。


統一新羅時代の石造りのトイレ
26日午前、新羅の離宮であった慶尚北道慶州東宮で文化財庁国立慶州文化財研究所が統一新羅時代の8世紀に製作されたと推定される水洗トイレの遺跡を公開している。

ところが、トイレで便器を置かなかった部屋の使い道はまだ究明されていない。この部屋には、長い石の塊二つが少し離れて並べて配置されており、床には前石が敷かれた。手を洗う前室の場合もあり、男性が小便をする場所だった可能性もある。

板石が再利用された過程も不思議だ。この板石は分かれ目を合わせると中央に楕円形の穴ができる便器だった。ところが、楕円形の便器が作られ解体された後、足場となったのだ。

残念なのは、実際にはトイレ遺跡の一部が東海南部線鉄道のために調査されなかったという点である。トイレ遺跡では、通常、当時の人々の食生活を究明する人糞が発見される。例えば益山王宮里で得られた人糞の寄生虫を分析した結果、野菜を食べるときに出る回虫や鞭虫が多いことがわかった。しかし、東宮のトイレ遺跡は排水施設のせいで人糞が出なかった。

イ所長は「線路側を追加で発掘すると、汚水を集めた貯水槽が出かねない」、「貯水槽周辺で寄生虫が出れば新羅人が何を主に食べたのかも知ることができるだろう」と述べた。

ソース:聯合ニュース 2017/09/26 16:07(韓国語)
http://www.yonhapnews.co.kr/bulletin/2017/09/26/0200000000AKR20170926152700005.HTML