1:2014/06/08(日) 13:26:46.03 ID:
 かつて「世界で最もおいしい」と評価されていたカンボジアのコショウ。しかし、長らく続いた内戦で生産量は激減、コショウ産業は壊滅状態に陥っていた。

 「ならば自分の手でよみがえらせよう」。そう誓った日本人がいる。倉田浩伸(ひろのぶ)さん(44)が、わずか1ヘクタールほどの畑で現地の協力者とコショウ栽培を始めたのは、1997(平成9)年のことだった。

 それから17年。経営する首都プノンペンのコショウ専門店「クラタペッパー」は、今やカンボジアコショウ販売のリーディングカンパニーとして、国内はもちろん、海外にも知られる。

 古くから伝わる伝統農法で作られたコショウを高く評価する料理人は多い。東京・南青山の仏料理店「レストラン タニ」のオーナーシェフ、谷利通(としみち)さん(40)は「辛いだけではなく、甘みがあり、料理に使うと皿の上からフルーティーな香りがただよってくる」と魅力を説明する。

■「おいしかったです」 

 最初にカンボジアを訪れたのは92年。前年には湾岸戦争が勃発、「日本はカネだけ出して、人は出さない」との批判が高まる中、「ならば自分が貢献を」と考え、内戦で地方に散った人々を地元に戻す「帰還民収容プロジェクト」のボランティアに参加した。結果、この地に魅了された。

 大学卒業後も、カンボジア復興の手助けをしたいと思った。そんな中、かつてコショウがカンボジアの特産品だったことを知った。「コショウを復活させ、輸出しよう」。コショウの木が数本しか生えていない畑を自ら耕し、販売店も開店した。しかし、実際にはまったく売れず経費ばかりがかさんだ。

 店は一時たたまざるを得ず、手元に残るのはコショウ畑のみ。失意の中、転機となったのは2001年、秋篠宮ご夫妻のカンボジアご訪問だったという。

 ご夫妻を囲むパーティーに出席する機会を得て「有名だったコショウが廃れてしまったが、復興させるつもりです」と訴えたところ、在カンボジア日本大使館から思わぬ連絡が来た。「秋篠宮さまご夫妻が、お土産としていただきたいとおっしゃっている」

 さらに驚くことが起きた。後日、大使館を通じ、ご夫妻からメールを受け取った。「おいしかったです。またいただきたいです」。そう記されていた。「認めてくれる人がいた。それも、皇室の方に。ならば、もう一度頑張ってみよう」

 輸出中心だった営業形態を見直し、カンボジアを訪れる外国人観光客への販売を強化したところ、口コミで評判が広がり、ドイツを中心に欧州への輸出も軌道に乗った。

■地元の産業、定着

 自ら耕してきた自社農園のコショウの木は、老化して勢いが衰え、生産量が落ちているという。「でも、それでいい」。代わりにクラタペッパーの定める基準をクリアしたカンボジア人の契約農家が、しっかりとした品質のコショウを生産してくれるからだ。「これは、コショウが地元の産業として定着してきたということ」

 自らの働きで世界に貢献できることを願った若き日本人。その夢が今、かなおうとしている。

ソース(MSN産経ニュース)
http://sankei.jp.msn.com/life/news/140608/trd14060812500007-n1.htm

写真=倉田浩伸さんが左手に持っているのは、シェフが倉田さんのコショウの特色を生かして作った「新タマネギのババロアと黒コショウのコンソメジュレ」
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