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:2014/06/07(土) 21:48:29.12 ID:
(原文の朝鮮語を機械翻訳して、記者が微修正)

 殉国烈士の愛国的な活動を記録して、彼らの魂を賛えるために立てられた顕忠院(ヒョンチュンウォン)愛国の志士墓地の墓碑が間違いだらけだと確認された。 ソウル、銅雀洞(トンジャクトン)国立顕忠院(ヒョンチュンウォン)愛国の志士墓地に安置された墓碑79期に書かれた記録が、国立顕忠院(ヒョンチュンウォン)サイバー追慕観の功績録と違ったことが5日、明らかになった。
 これは世界日報が初めて墓碑214基を伝授調査した結果だ。 二つの資料を対照・分析した結果、全体の37%が異なっていたり間違いだった。

 墓碑を管理しなければならない責任がある顕忠院(ヒョンチュンウォン)はこのような事実を全く知らず、一度も正しい調査を行ってこなかった。
 毎年数万人が顕忠院(ヒョンチュンウォン)を訪問して、後世にでたらめな現場教育をさせていたという非難を避け難い事態となった。

 墓碑銘のミスは、烈士の名前をはじめとして、所属体、死亡原因、事件発生年月日など様々だった。 特に事件発生年月日のミスは、48件も見つかり、数が最も多かった。
この他に、
▲愛国の志士の所属団体および活動内容が功績録と違ったケース、21件
▲名前が間違って表記されたケース、17件
▲死亡原因が間違って記録されたケースが6件だった。
墓碑銘表記が頭音法則で功績録とは異なる表記の碑石も発見された。
建国勲章が叙勲された年の末尾表記がないという、あきれる墓碑も発見された。

 墓碑に間違って記録された歴史的事件が韓国殉国烈士の日に、この場所を訪問した学生たちへ混乱をもたらしかねないため、早急な修正が必要である。
 日帝時代に鍾路(チョンノ)警察署爆弾投擲事件は1923年発生したが、一部愛国の志士の墓碑には「1921年」と記されていた。 功績録にも1922年と、間違って表記されている。また、ある愛国の志士の墓碑には、彼が1915年‘光復(解放)団’に加入したことになっているが、功績録には大韓光復会に加入したと記録されているため、どれが誤っているのか判断しにくくなっている。

 行跡も墓碑と功績録記録が違う場合が多かった。 墓碑には「日本の警察の銃で射殺された」と記されていたが、功績録には「戦闘中自決した」と記録されていた。

 高麗(コリョ)大カン・マンキル名誉教授は「愛国の志士を国立墓地に安置したら、その方の行跡を正確に記録するのが正しい待遇」として「愛国の志士の碑文は韓国の歴史記録であるから、独立運動史専門家たちが全面的に調査して正さなければならない」と話した。

イ・ジェホ記者

世界日報 2014-06-06 20:35:13
http://www.segye.com/content/html/2014/06/05/20140605006626.html