1: 蚯蚓φ ★@\(^o^)/ 2017/07/16 14:29:43.37 ID:CAP_USER.net
 私設検問所を設けて終末高高度防衛ミサイル(THAAD)部隊を封鎖した慶尚北道星州郡の一部住民・反米団体メンバーによる行動を見て、一般の人々は「これが国か」と嘆いている。だが実際には「これが政府か」の方がより正確な表現だろう。国家政策に抵抗する勢力はどこにでもある。しかし、違法行為を放置して自らの機能をまひさせる政府はほかにない。国が間違っているのではなく、ひきょうな政府が問題なのだ。このような政府を信じて生きなければならない境遇に息が詰まる思いだ。

 先日の海外歴訪で、文在寅(ムン・ジェイン)大統領は「国の地位は変わった」と述べた。また、「世界が韓国をもてなしてくれる」と言い、「ろうそく革命(ろうそくデモ)」に言及した。外国から見た韓国の地位が上がったとはうれしい限りだ。しかし、どうしても首をかしげたくなるのは致し方ない。韓国が直面している現実は、文大統領の言葉に程遠いからだ。誇りに思うどころか、他人に見られたら恥ずかしいと思うようなことが連日行われている。国がちゃんとした方向に向かって進んでいるのか疑わしく思うことは一度や二度ではない。

 「これが政府か」の元祖は貨客船セウォル号沈没事故だ。事故発生を受けて、当時野党だった共に民主党は朴槿恵(パク・クネ)政権攻撃にすべてを賭けた。同政権の無能さと無責任は許せない、と言った。崔順実(チェ・スンシル)国政介入事件の時も、中東呼吸器症候群(MERS)問題の時もそうだった。このように、何か事が起これば政権の存在理由を問うてきた人々が今、政権を取った。それでも一般の人々はまだ「これが国か」「何が変わったのか」と感じている。

 京畿道議政府市が在韓米軍第2師団のために企画したコンサートが失敗に終わった。全国民主労働組合総連盟(民労総)などが「糾弾デモ」を行い、組織的に妨害したからだ。京畿道天安市が米軍兵士家族を招待しようとしたイベントも取り消された。「米軍」という言葉が付きさえすれば反米勢力が駆け付け、それに屈してしまう事態が繰り返されている。安保を懸念しながら、安保で守ってくれる軍隊を冷遇する。このような国がまともだと言えるだろうか。

 大統領府への道が開放されると、金属労組が占領した。歩道に違法テントを張り、ケータリングカーを呼んだり車道に寝袋を置いて寝たりした。それでも公権力の対応は後手後手だった。建設労組の2日間にわたる「野宿闘争」時もそうだった。酒を飲んで交通を混乱されても、警察は取り締まりの振りをするだけだった。借金取りのように堂々とした「労働」の前で公権力は気後れしているように見えた。

 すべてを政府のせいにすることはできないだろう。問題を起こしているのは政治労組や盲目的な反米勢力だ。しかし、これらの暴走を放置しているのは政府だ。「ケータリングカーを呼んで座り込み」をした金属労組は警察と区庁を告発するという。反省どころか公権力をバカにしている。政府がビシッとしないから、ごねる勢力が大手を振るう。これは「世界でもてなされる国」の姿ではない。

 国を国らしくする責任は最終的に政府にある。複雑だが、難しいことではない。法的手続きと常識に基づいてやればいいのだ。国政運営が法治と常識から外れた時、国民は首を横に振る。そして、政府の存在意義に疑問を抱くようになる。

 突然の脱原発宣言は国を混乱させた。何年もかけて話し合うべき重大な政策を一日で覆した。誰が、どのような検討の過程を経て決めたのかさえ不透明だ。フィクションだらけの原発映画を見て、大統領がひらめいたという話さえある。政策推進が素人の思い付きで綿密さのかけらもなく行われているようだ。

 最低賃金の54%引き上げは、低賃金労働者のための善意の政策なのだろう。だが、その結果、別の所で善意の被害者を出している。零細企業や自営業者はつぶれそうだ。弱者のためだと言いながら、別の弱者を殺しているようなものだ。致命的な副作用があることにも気付かずに片一方ばかり見て押し切っている。下手な踊り手が剣舞をしているかのようにヒヤヒヤする。

 常軌を逸した政策の暴走は一つや二つではない。
>>2-3のあたりに続く

朴正薫(パク・ジョンフン)論説委員


ソース:朝鮮日報日本語版【コラム】韓国が直面する現実は誇りなのか、恥なのか
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2017/07/14/2017071401665.html