1:2017/04/04(火) 14:16:31.58 ID:
慰安婦被害「椿」イスンドクおばあさん死去...生存者38人

「関釜裁判」1審勝訴導いて... 6日、出棺

日本軍慰安婦被害者イスンドクおばあさんが4日に死去した。享年99歳。

韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)ユン・ミヒャン常任代表のフェイスブックによると、このおばあさんは、この日の午前7時30分頃、老衰でこの世を去った。

このおばあさんの死去で政府に登録された慰安婦被害者238人のうち生存者は38人に減った。一昨年12月28日、韓日政府の慰安婦合意後死去した被害者は、このおばあさんが九番目だ。

1918年生まれで韓国の年齢で100歳だったおばあさんは慰安婦被害者の生存者の内で最高齢だった。ソウル麻浦区にある慰安婦被害者の憩いの場「平和の我が家」に居住した。

故人は1934年16歳で日本軍に連行されて苦難を経験し、1945年の解放と同時に帰国した。故人は生前のインタビューで、「良い服と米飯を与えるという言葉にだまされて満州に連行された」と憤慨した。

ユン常任代表によると、故人は日本政府を相手に起こした訴訟1審で勝訴を導いた日本の「関釜裁判」の最後の原告だった。

このおばあさんは、1992年に日本の山口県の他の慰安婦被害者9人と法廷闘争を始め、1998年の光復後、初めて30万円の賠償金支払い判決を引き出した。

一昨年12月に韓日慰安婦合意が強行されると、他の被害者11人と一緒に韓国政府を相手に「被害者に精神・物質的損害を与えた」と1億ウォンの損害賠償訴訟を提起した。

故人は「寒い冬の間にも負けない孤高の椿に似ている」として「椿おばあさん」と呼ばれた。

遺体安置所は延世大セブランス病院14号室に設けられた。出棺は6日である。弔花は受けないことにした。

ユン常任代表は「このおばあさんはいつも明るい笑顔で力をくださった方なのに、いつも願っていた日本の真の謝罪を作ってあげられなくて、胸が痛い」、「韓国政府は歴史の被害者が経験した傷を、日本が謙虚に反省するように促す外交活動をしなければならない」と述べた。

ソース:聯合ニュース 2017/04/04 11:30(機械翻訳)
http://www.yonhapnews.co.kr/bulletin/2017/04/04/0200000000AKR20170404078351004.HTML