1:2014/05/14(水) 21:47:38.52 ID:
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▲黄金宝剣
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▲モーリス・ブーヴィエ・アジャ(Maurice Bouvier-Ajam、フランス人)が1982年に出版した<アッティラ、神の懲罰(Attila、le Fleaude Dieu)>に出てくる地図
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▲イ・ジョンホ科学国家博士は13日午後7時大韓出版文化協会協会大講堂で‘世界3大征服王フン族アッティラと韓民族’を主題で講演している。

これまで韓民族は小さな韓半島内で外侵を受けるだけだったのか?世界史で韓民族は東洋の片隅で強大国の間に挟まり連綿と受け継がれてきた不屈の意志を持つ民族にすぎないのか?この質問に対し広大な領土を統治した広開土大王に言及して反論するできるし、一歩進んで古代史の中の蚩尤天王をあげることもできる。

ところがここでヨーロッパまで征服した世界3大征服者(ジンギスカン、アレキサンダー大王、アッティラ)のひとりが韓民族と緊密な関連性を持っていたらどうか?多くの人の興味を刺激する話が国学院130回国民講座で展開した。イ・ジョンホ科学国家博士は13日午後7時、大韓出版文化協会協会大講堂で「世界3大征服王フン族アッティラと韓民族」を主題に講演した。国学院が主催しした今回の国民講座は150人を越える市民が集まって高い関心の中開かれた。

イ博士は「世界3大征服者のひとり、フン族のアッティラが韓民族と非常に密接な関連性を持っている」と話した。この密接な関連性とは単にフン族(匈奴)が韓民族と近い地域にいたことを越えて、フン族がすなわち韓民族であることだった。彼は宝物635号に指定された‘黄金宝剣’でこの驚くべき話を解いていった。

イ博士は「黄金宝剣は当時、世界最高の宝物でローマのトラキア地方(現在のバルカン半島)で製作され慶州味鄒王陵(ミチュワンヌン)地区ケリムノ14号で出土した。ところが新羅とローマ帝国トラキア地方は7,000~8,000キロ離れている」と市民らの好奇心を刺激した。イ博士は「黄金宝剣の話は新羅文武大王碑にその痕跡を探すことができる」として碑文には慶州キム氏の始祖の話が出てくるが、その話の中に黄金宝剣を伝えた人々(フン族)との関係もあるということだ。これは単に商人が売る目的で持ってきて売っただけではない」と強調した。実際に黄金宝剣を注意深く調べれば上側に三太極が刻まれている。そこに鏤金細工技法まで4~5世紀に製作されたと推定され、当代最高の宝物という。

博士の話は自然に‘フン族とは誰か’という疑問につながる。フン族は私たちになじんだ表現では‘匈奴族’と呼ばれる。満州とモンゴル地域で遊牧生活をした民族で馬と共に移動することを基本に暮らした。機動力のある騎馬部隊で編成されて動き、鉄器時代には旺盛に活動したという。イ博士は「匈奴と言えばよく'北方の蛮夷’を思い浮かべるが、これは全て中国が作った話」とし、「実際の匈奴族は中国より3倍も大きい巨大な帝国を号令した北方民族だった」とした。

フン族の真価は占領した場所を見ればさらにはっきり知ることが出来る。イ博士は「東から西に向かった征服者の中にヨーロッパ本土を侵攻したものはいなかった。ジンギスカンもペルシャのダリウスもヨーロッパの入り口で止まった」とし、「フン帝国のアッティラは西ローマを制覇してフランスのオルレアンまで進撃した。それこそヨーロッパ本土の真ん中まで行ったわけだ」といった。‘アッティラ’は私たちには見慣れない名前だがヨーロッパでは最高の征服者と呼ばれるという。
>>2-5あたりに続く

カン・マングム記者

ソース:コリアンスピリッツ(韓国語) "フン族の源流は韓民族!征服王‘アッティラ’で韓民族歴史を新しくより"
http://www.ikoreanspirit.com/news/articleView.html?idxno=42380