1:2017/02/26(日) 18:44:41.68 ID:

▲安東(アンドン)西後面(ソフミョン)ジャプムリ→ジプムリに変更

(安東=聯合ニュース)イ・ガンイル記者
 
慶北(キョンブク)安東(アンドン)西後面(ソフミョン)のある村が住民の力で100余年ぶりに日帝残滓として残った村名を変えた理由が知られた。


220人余りが暮らす安東市西後面のジャプムリ(者品里)は日帝強制支配期以前までは「才品里(ジプムリ)」と言ったという。正確な名前は分からないが朝鮮時代後期、才能に優れた鶴林松(ハク・リムソン)というこの村の人物が16才の時、科挙に及第して正6位の官職を受けたと伝えられる。

当時、鶴林松の徳望と人柄が隣村まで知られて人々は彼の才能と人柄を賛えて村の名前を「才品」にしたという記録が残っている。

しかし、日帝強制支配期に日本人は才品里から人材がたくさん生まれれば植民統治に困難をきたすとして発音は似ているが大きな意味はない「ジャプムリ」に村の名前を強制的に変えた。解放後も村の名前を「ジャプムリ」のまま使っていたが、数年前、人々が由来を知って村の名前を元の状態に戻そうと努力した。

この時から村の会館や敬老堂表札に本来の村名である「ジプムリ」を入れた。また、安東市議会に村名を変えて欲しいと要請する請願を出した。市議会は最近開かれた第186回臨時会でジプムリ住民の意見を反映し「安東市里・洞・班設置条例案」を改正した。

住民の努力で日帝が強制的に変えて特に意味がなかった「ジャプムリ」は条例改正案を施行する翌月から「ジプムリ」と100年以上前の名前を取り戻すことになる。

住民チェ・デソプ(64)氏は「日帝が変えた名前を住民の努力で取り戻したことで村全体がお祭りの雰囲気だ。私たちの村から立派な人物がたくさん出て、過去の才品里の名声を取り戻せば良い」と話した。

ソース:聯合ニュース(韓国語) 日帝が変えた田舎の村の名前…住民力で戻した
http://www.yonhapnews.co.kr/bulletin/2017/02/24/0200000000AKR20170224154400053.HTML