1:2017/01/04(水) 17:27:50.96 ID:
日本の総理と防衛相の神風賛美、韓米日安保協力を苦境に陥れる妄言
米軍が神風操縦士を水葬したのは勇気を尊敬したからではなく人間的憐憫

昨年最終日と新年初日の地球村をイスラム国家(IS)のテロが血の海にした。去年12月31日、イラク、バグダッドのある市場で爆弾ベルトを着用した犯人の自殺テロで28人が亡くなり数十人がケガをした。次の日の1月1日にはトルコ、イスタンブールのナイトクラブで武装暴漢らが銃器を乱射して100人を越える死傷者を出した。自分の命を絶って人種や宗教が異なる人々を集団殺害する自爆テロに私たち人類はどのように対応すべきなのか。

昨年の夏、米国ハワイにある米軍太平洋司令部を訪問した途中、真珠湾で記念館に変身したミズーリ号を訪れた。第二次世界大戦真っ最中の1944年1月進水したこの戦艦はマッカーサー元帥が日本王代理の外相から降伏文書を受けた船として良く知られている。韓国とも縁が深い。仁川(インチョン)上陸作戦の時、支援砲撃をし、興南(フンナム)上陸作戦と撤収作戦にも参加した。

ミズーリ号記念館には日本軍神風爆弾機が飛んできて衝突した位置に表示板がついていた。1945年4月、沖縄で作戦中だったミズーリ号に神風が突進して衝突したが爆弾はさく烈せず火もすぐに鎮火した。ミズーリ号の海軍兵士たちは戦闘機の残骸の中から操縦士の死体を回収して翌朝、丁重に水葬した。ミズーリ号記念館には敵に対する‘人間的憐憫(human compassion)’で優遇したという説明がついている。どこにも神風操縦士の勇気を祝賀する表現は見られなかった。

日本の安倍晋三総理は昨年12月27日、ホノルル米海兵隊基地を訪れて自殺攻撃をした飯田房太中佐の記念碑に献花して黙祷した。1941年真珠湾奇襲攻撃で艦載機‘ゼロ戦’操縦士として参加した飯田は銃撃を受けて燃料タンクに穴があくと、すぐに帰還をあきらめ機体で米海軍格納庫に突っ込む自殺攻撃を敢行した。

安倍は演説で飯田中佐を褒め称えた後、「碑を立てたのは米軍だ。勇者は、勇者を敬う」と言った。飯田は帰還不可能になると自殺攻撃をしたが、ミズーリ号を攻撃した操縦士は初めから基地に帰還できない人間爆弾だった。無理な戦争で戦力がすっかりなくなった絶望的状況で神風作戦が意外に戦果を上げるとすぐに日本軍は特攻操縦士の養成に力を注いだ。

1944年10月25日から1945年に降参するまで特攻機が何と2367機出撃した。それだけ若い命が爆弾をのせて消えたという事だ。神風爆弾機は着陸の必要がないから戦争終盤には物資を惜しむために不必要なものは抜き、離陸と同時にタイヤを離脱させる研究までした。人間の生命がタイヤの価値さえなかったのだ。

20代始めの学徒兵出身操縦士らは果たして死の前でも「天皇陛下万歳」と叫んだ‘勇気ある’人々だったのか。日本軍部は神風操縦士らが戦死すれば「軍神になって神社に祭られる」という甘言利説で若者たちをげん惑した。「彼らは爆弾機に上がる前、首をうな垂れたし歩く気力さえなくて軍人が引っ張っていって操縦席に押込んだ」という証言も残っている。‘昭和陸軍’の著者、保坂正康は「人間自体が爆弾になって戦争武器の部品になるこの作戦は太平洋戦争全体でも最も悲劇的だった」と記録した。

東北アジアは中国の覇権主義と北朝鮮、金正恩の核脅威で一触即発の危機に瀕している。強大国と不良国家の隙間に挟まった韓国が生き残るには一人の力だけでは不可能で韓米同盟を強固にしながら日本とも軍事的協力を強化するほかない。しかし、安倍をはじめとする日本政治家たちの姿勢は韓米日共助を苦境に陥れている。安倍とともにハワイを訪問して帰ってきた稲田朋美防衛相は昨年12月29日、靖国神社を参拝して「ミズーリ号に特攻隊員の写真が展示されていて、飯田中佐の慰霊碑も米軍が立てたと英霊に報告した」と話した。

自殺爆弾を全身にまいて他の人種や分派の人々を集団で殺害するISと太平洋戦争末期の神風はどう違うのか。安倍と稲田が神風の勇気を称賛しながらISの自殺爆弾テロを非難する資格があると考えるのが分からない。安倍と稲田の神風発言にはアジア人を戦争の惨禍と苦痛の中に追い詰めた戦争犯罪と、花のように美しい若者たちを戦争武器の部品に使った行為について反省は一言もなかった。

ファン・ホテク顧問


ソース:東亜日報(韓国語) [ファン・ホテクコラム]‘人間爆弾’神風とISの自殺テロ
http://news.donga.com/List/Series_70040100000058/3/70040100000058/20170104/82168503/1