4b9b55971
(スレ内の画像です。)
1:2016/12/14(水) 16:05:55.76 ID:
1936年ドイツ・ベルリン・オリンピック(五輪)でマラソン決勝ラインを1位で通過する姿が彫られた孫基禎(ソン・キジョン)選手の銅像が現地に設置された。胸には日の丸(日章旗)ではなく太極旗が彫られている。

12日(現地時間)、ドイツ駐在の韓国文化院はベルリン五輪のマラソンコースの近くにあるグロッケントゥルム(Glockenturm)通りで同像の除幕式を行った。

孫基禎の外孫であるイ・ジュンスン孫基禎記念財団事務局長は「韓国人・孫基禎として記憶されること、まさにこれが祖父の一生の念願だった」としながら「ベルリン競技場周辺に銅像を設置することでその念願を私がかなえて差し上げることができたようでとても感激だ」と話した。

これに先立ち、同財団は孫基禎の優勝70周年である2006年に銅像2体を製作して一つはソウルオリンピック主競技場に、もう一つはベルリン・オリンピアシュタディオンに設置しようとした。

しかし、ドイツ当局との協議が難航したためこれまでベルリン側の銅像は駐ドイツ大使館で保管してきた。最近になってスタジアムではなくその近くに設置することで合意にこぎつけた。2026年まで展示するものの、双方から異議がなければ5年ずつ自動延長する方式だ。

駐独韓国文化院は「銅像が立てられた場所の近くに陸上室内練習場があり、若手陸上選手の往来も多く、孫基禎選手のスポーツ精神を賛えることができるものを期待している」と説明した。

2002年に90歳でその生涯を閉じた孫基禎は当時ベルリン五輪で2時間29分19.2秒を記録して優勝を飾った。

中央日報/中央日報日本語版 2016年12月14日08時53分
http://japanese.joins.com/article/527/223527.html 
  
=管理人補足=
孫 基禎(そん きてい、ソン・ギジョン、1912年8月29日 - 2002年11月15日);
日本統治時代の朝鮮出身の日本の男子マラソン選手。1936年のベルリンオリンピックで、アジアの選手として初めてマラソンで金メダルを獲得した。大韓民国建国後は同国籍になり、同国の陸上チームのコーチや陸連会長を務めた。
 
中華民国との国境を流れる鴨緑江の畔の都市である新義州(現在の北朝鮮)近くの町で育つ。
生家は雑貨店を営んでいたが、家計は貧しく、冬に周囲の子供たちが鴨緑江で興じるスケートの靴を買ってもらうことができなかった。このため、普通学校(内地の尋常小学校に相当)の頃から走ることに興味を抱いて通学などの機会に足袋でいつも走り、高学年になると自ら練習を考案して走っていたという。
 
1932年(昭和7年)、当時日本に併合されていた朝鮮において陸上競技の名門であった京城(現:ソウル)の養正高等普通学校(内地の旧制中学校に相当。現在の養正高等学校)にスカウトされ、19歳で入学した。
 
1935年(昭和10年)11月3日、東京の第8回明治神宮体育大会のマラソンで、当時の世界最高記録2時間26分42秒を樹立した。
1936年(昭和11年)8月のベルリンオリンピックに、日本代表として出場し、当時のオリンピック記録となる2時間29分19秒2で金メダルを獲得した。現在のところ、オリンピックの男子マラソンで、世界記録保持者として出場した選手が金メダルを獲得した唯一の例である。
 
wiki:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AD%AB%E5%9F%BA%E7%A6%8E