1:2016/12/02(金) 21:06:14.34 ID:
慶尚北道亀尾市上毛洞(サンモドン)にある朴正熙(パク・ジョンヒ)元大統領の生家の隣の追慕館で1日、火災が発生した。追慕館は朴元大統領が起居した生家の隣に建てられた建物だ。

弾劾危機を迎えている朴槿恵(パク・クネ)大統領が大規模な火災が発生した大邱(テグ)の西門(ソムン)市場を訪問した約2時間後だ。警察は現場で放火犯のベク容疑者(48、京畿道水原)を逮捕し、犯行の動機を調べている。

慶尚北道亀尾(クミ)警察署によると、この日午後3時15分ごろ、朴正熙元大統領の生家の追慕館で、ペク容疑者が朴元大統領の遺影に1リットルのペットボトルに入れたシンナーをかけ、ライターで火をつけた。

火はすぐに建物全体に広がって追慕館を全焼し、隣にある生家の屋根の一部にも火が移った。朴元大統領の生家は1993年に慶尚北道記念物第86号に指定された。753平方メートルの敷地に生家と追慕館、管理事務所で構成されている。

消防当局と生家の関係者は10余分後に鎮火した。しかし追慕館にあった朴元大統領と陸英修(ユク・ヨンス)夫人の遺影がすべて焼けた。ペク容疑者は火災の申告を受けて出動した近隣地区隊の警察官に捕まった。

火災当時に朴元大統領の生家付近の飲食店にいた訪問客カン・ボムソクさん(61、亀尾市南通洞)は「店でマッコリを飲んでいたが、突然、火災警報器が鳴って外に出たところ、追慕館の方から真っ黒な煙が上がっていた」とし「消防車が到着して消火作業が始まり、放火犯と見られる男が警察に捕まった」と伝えた。また「警察に捕まった男は平然とした表情だった」と語った。

ペク容疑者は警察で「朴槿恵大統領が下野しないので放火した」と供述した。「朴大統領は下野するか、下野しないなら自決するべきだが、どちらもしないので放火した」と主張した。

ペク容疑者はこの日、水原(スウォン)から列車で亀尾に到着した。生家を訪れたペク容疑者は追慕館の芳名録に「朴槿恵は自決しろ。父の顔に泥を塗るな」と書いていたことが確認された。

ペク容疑者は警察で自分の職業をウェブサイト運営者と明らかにした。ペク容疑者はソーシャルネットワークサービス(SNS)に朴元大統領と朴大統領に対する嫌悪感を表す多数の掲示物を載せていた。

ペク容疑者は先月29日、朴大統領の「自決」「処断」「死」などに関連する掲示物を追加で5回載せた。先月28日には「鶏の首を捻ってこそ夜が明ける」というコメントも書き込んだ。

SNSの自己紹介で首都圏大学医学専門大学院で勉強(博士課程中退)したという内容が書かれている点も目を引いた。

社団法人朴正熙大統領生家保存会のチョン・ビョンオク理事長は「朴元大統領の銅像が最近毀損された後、亀尾市と保存会が生家の周辺を巡察するなど放火などに備えてきた」と伝えた。

保存会によると、ペク容疑者はこの日、登山服姿でリュックサックを持って追慕館に入った。その後しばらくして追慕館から煙が出たという。チョン理事長は「訪問客をいちいち疑うことはできない」とし「追慕館の祭壇と遺影、壁の写真がすべて焼失した」と話した。

60代の住民(女性)は「大韓民国の経済発展に大きく寄与した朴元大統領の生家が焼失したのは残念」と語った。

警察の調べで、ペク容疑者は4年前の2012年12月にも大邱市東区新龍洞(シンヨンドン)にある盧泰愚(ノ・テウ)元大統領の生家に放火し、懲役1年6月、執行猶予3年を言い渡されていたことが分かった。ペク容疑者は当時も現場にA4用紙2枚分の手紙を残した。

手紙には「盧泰愚を断罪しろ」「国民の財産を盗んでクーデターを起こした盗賊の下っ端」「腐敗した政治家の標本」などと書かれていた。

さらに2007年にはソウル松坡区(ソンパグ)にある史跡101号の三田渡碑にペンキで「撤去」と落書し、懲役1年6月、執行猶予2年を言い渡されていた。三田渡碑は朝鮮時代に仁祖を降伏させた清の戦勝碑。

http://japanese.joins.com/article/134/223134.html

 
火災前の追慕館。
 
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