1:2014/04/03(木)11:39:03 ID:
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2014/04/03/2014040301659.html

三菱重工業が開発した日本の航空自衛隊の戦闘機F-2は「平成のゼロ戦」という別名を持つ。ゼロというのは第2次世界大戦当時、三菱が生産した日本の主力戦闘機「零式艦上戦闘機」のことだ。そこには日本の軍需産業復活に向けた野望が込められている。

日本の軍需産業は第2次大戦当時、世界最高の水準だった。
ゼロ戦はエンジン性能と機体強度では米国の戦闘機に劣ったが、航続距離、空中での旋回能力は世界最高だった。ゼロ戦の航続距離を生かし、米軍戦闘機では接近できない距離から米軍を攻撃する「アウトレンジ戦法」を取り、戦争初期に相当の戦果をもたらした。

ゼロ戦と共に日本の当時の技術が凝縮されているのが戦艦「大和」だ。大和は世界最大の主砲(46センチ)を搭載し、世界最大の排水量(7万2809トン)を誇った戦艦だった。ナチスドイツの戦艦ビスマルクと共に、当時の戦争原則だった「巨艦巨砲主義」を最も理想的に具現したと評価されたが、戦争末期に制空権を失い、米戦闘機による波状攻撃で沈没した。米国が当時、原爆の初の投下地として広島を選んだのは、呉海軍工廠を無力化する狙いがあった。大和はそこで建造されたものだった。

日本は当時、空母建造能力まで完璧に保有していた。1922年に建造した空母「鳳翔」は商船や貨物船を改造したのではなく、世界で初めて起工時から空母として設計された。日本は第2次大戦中に合計で10隻の空母を保有していた。

日本の軍需産業は敗戦直後、米軍によって崩壊しかけたが、韓国戦争(朝鮮戦争)が起き、「米軍の後方支援」という名目で制限された範囲内で復活した。日本の軍需企業である三菱重工業、IHI、川崎重工業、新明和工業などは当時、日本の軍需産業を率いた企業だ。

東京=安俊勇(アン・ジュンヨン)特派員
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版

F-2
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ゼロ戦
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大和
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鳳翔
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