1:2016/02/09(火) 21:23:15.99 ID:
▲イ・チョンガク東洋(トンヤン)大教養学部教授

アキヒト(明仁)日王が最近、フィリピンを国賓訪問した。日王としては史上初めて訪問だ。フィリピンは太平洋戦争当時、米国と日本の激戦場だった。1945年8月、日本が降参する時まで日本軍死亡者が約52万人、フィリピン犠牲者が無実の市民など約111万人に達する。

明仁日王は皇太子だった1962年、フィリピンを訪問した時、マニラ市内の無名勇士の墓を参拝し、当時激烈だったフィリピン人の反日感情を和らげる決定的な契機を作ったと日本メディアは伝えている。明仁日王は今回の訪問でも日本人戦没者慰霊碑に献花する前にフィリピン犠牲者墓地を参拝した。彼は大統領宮で開かれた歓迎の晩餐でフィリピンの犠牲者について言及し「私たち日本人が決して忘れてはいけないこと」、「戦争を体験しなかった若い世代が戦争を忘れてはならない」という原則論的だが日本の戦争責任を強調した。

韓国で日王のフィリピン訪問ニュースは特に重視されなかったが、私たちとしては見過せない点がある。内閣責任制の日本で政府を代表する総理が植民支配と侵略戦争を謝っても政権が変わればこれをひっくり返す閣僚などの妄言と靖国神社参拝のような行動が繰り返されて過去の問題がちゃんと清算されずにいる。

日本の過去史に対する謝罪は総理よりかえって日王(1945年の日本敗戦後、日王は‘象徴天皇’に格下げされたが)から受けることが私たちとしてはより大きな意味があると言える。特に明仁日王は過去の日本軍統帥権者であり大元帥で日本の侵略戦争を陣頭指揮したヒロヒト(裕仁)日王の息子だ。日本人死亡者約310万人を含む約2300万人の犠牲者を出した侵略戦争の頂点にあったヒロヒト日王は韓国大統領が初めて公式訪日(全斗煥(チョン・ドファン)・1984年)した時、「今世紀のある時期に両国間に不幸な歴史があった」という、加害者が誰なのかすら分からないあいまいな発言で終えた。

明仁日王も1990年、訪日した盧泰愚(ノ・テウ)大統領に「痛惜の念に耐えない」という事前にもない、有名作家が作った言葉で遺憾の意を表わしただけだ。日本の侵略で最も苦痛を受けた国は35年間、植民治下で苦しんだ韓国だ。明仁日王はすでに日本の侵略戦争(満州事変、中日戦争)当事国の中国を訪問し(1992年)今回最大激戦地であったフィリピンも訪問した。もう残る国は韓国だけだ。彼の‘最後の課題’は韓国訪問といえる。

朴槿恵(パク・クネ)大統領が任期中、日本を公式訪問して日王訪韓を丁重に要請し明仁日王が答礼で訪韓することを期待してみる。日王の訪韓が成し遂げられて彼がフィリピンの無名勇士の墓を参拝したのと同じようにソウル銅雀洞(トンジャクトン)の国立墓地を訪れ抗日殉国烈士墓地に参拝して晩餐席上で植民支配についてより進展した形態の謝罪発言をすることを期待してみる。

そこに日王部署が時間をあけて慰安婦被害ハルモニらも会って謝って慰めるならば、両国間の過去の問題を関係者が問題解決する意味もあるだろう。昨年、修交50周年をむかえた韓・日両国は交易、文化、人的交流などでは目覚ましい進展を成し遂げたが、過去の問題をめぐってはずっとふらついている。昨年末、両国政府が苦労して慰安婦問題に合意した後も冷淡な反応だ。日本では慰安婦動員に強制性がないという主張を国連に送るなど安倍政権スタート以後、悪化した韓・日関係はたやすく回復せずにいる。

もちろん日王の韓国訪問は当事者の意志と日本政府の立場を考慮して決定されるだろう。何より明仁日王の訪韓は両国での雰囲気が成熟しなくては成し遂げにくいだろう。韓・日間の過去の問題が両国関係の困難に陥っているだけに日王の訪韓は未来指向的な両国関係構築に相当な助けになることだ。80代初めの明仁(1933年生まれ)日王の海外旅行が可能な時、訪韓が成し遂げられるように特に両国の指導者はもちろん社会指導層がこうした雰囲気造成のために先に立たなければならない。

ソース:ソウル新聞(韓国語) [時論]日王フィリピン引き続き韓国も訪問してこそ/イ・チョンガク東洋大教養学部教授
http://www.seoul.co.kr/news/newsView.php?id=20160210019006