1:2016/01/30(土) 22:19:47.62 ID:
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この頃'平和の少女像'移転問題で韓日両国が沸きかえっています。寒いなか学生たちと多くの人々は少女像を守り、日本は少女像を移転しなければ10億円を出さないと世論集めをしています。造形物一つの移転問題をめぐり両国がこのように葛藤した事件が世界の歴史にあったでしょうか?

道を歩くとよく会う造形物を私たちは公共芸術と言います。その中でも記念碑は公共芸術の大きな部分を占めます。平和の少女像の場合、建築物を飾るために作られたものではなく、公共の歴史認識と歴史的痛みを記憶するために立てられ、分類するなら'公共空間の美術品'であり'記念碑'といえます。'少女像をそのまま他の場所に移してはいけないのか?'という問題はまさにこの地点で他の公共芸術作品とは大きく違います。(中略:記念碑のドイツ語は'Denkmal')

記念碑はすなわち人々にそれこそ'歴史を考えて!'という意味を持つ重要な公共芸術です。同時に記念碑がどこに存在するかを示す'場所性'はかなり重要な条件です。記念碑の位置は記念碑の内容を決める重要なコンテクスト(脈絡)だからです。人が立つ位置が違えば、見え方がが違うように、記念碑が立っている場所が違えば意味も変わらざるをえませんね。長い時間の間'慰安婦'被害者ハルモニらが日本大使館前で水曜集会を1000回開いたことを記念してたてた平和の少女像は、ハルモニらが雨が降ろうが雪が降ろうが戦ったその場所になければならない理由が正にそこです。(中略:ソウルの記念碑等)

ドイツと韓国の歴史的記念碑を比較すると注目すべき相違点が一つあります。ベルリン市内の第一次、第二次世界大戦犠牲者に対する数えきれないほど多い何百個の記念碑中、女性性奴隷を主題にした記念碑を見つけることは難しいです。反面、ソウル市内の場合、近現代史の痛みに光を当てる記念碑が非常に不足しているにもかかわらず、市内中心部の路上に平和の少女像が存在する点です。

また、ベルリンの大部分の記念碑は国家政府機関関連団体および文化部が建設を主導し、一方、ソウルにある平和の少女像の場合、民間団体を中心にした国民の募金で建設された点で重要な差を見せています。結局、韓国はまだ国家の歴史の痛みと反省を都市に記録して後代に譲らなければならない責任を政府ではなく国民が担っているということです。

一方'慰安婦'ハルモニらの長い戦いを象徴化した少女像は単に韓国だけの民族的痛みの問題ではありません。全世界的に戦争で犠牲になったり性的暴力にあった女性たちの被害を知らせる大変重要な女性運動の象徴という点で大きな意味を持っています。(中略:ドイツのブラント首相の謝罪)

多くの強大国は首都中心部に民族的に最も誇らしい偉人や装飾的に素敵な公共芸術作品を立たせますが、ベルリンには都市の中心、国家機関の最も近いところに戦犯国家としての恥ずかしい過去を記録し記憶する公共芸術作品があちこちに存在します。誤った歴史を繰り返さないための最も良い方法の一つは、まさに誰でもいつでも簡単に見ることができる所にその痛みを記録し、忘れないことだとドイツの人々はよく知っているのです。

今や韓国もやはり'平和の少女像'だけでなく近現代歴史の中での誤りとその中で犠牲になった人々に対する記憶を後代に譲る番ではないでしょうか?

文:クォン・ウンビ(012silver)
編集:ホン・ヒョンジン(hong698)
ソース:オーマイニュース( (韓国語) ベルリン記念物劣らないソウル'少女像'の偉大さ
http://www.ohmynews.com/NWS_Web/View/at_pg.aspx?CNTN_CD=A0002178813